アーモロートグラスの小話

※アーモロートグラスにアゼムのクリスタル型氷がついていたプライズの話


無機質な机の上に並ぶ書類の束を事務的に捌いていく。
そんないつもと変わらぬ日になるはずだったこの日は、勢い良く開かれた扉の音で崩れ去った。
「エメトセルク、暇?」
「暇なはずがあるか」
弾丸のように中に飛び込んできたアゼムを見て、部屋に居たその他の者達がこれ幸いと休憩のために外に出ていってしまった。ある意味、彼らにはこれも日常の一部なのだ。
「お前は、暇そうだな」
「うん、忙しくて寝てない」
会話が噛み合っていない。実際、アゼムは明るく笑ってはいたが、目の下には大きな隈ができていた。一箇所に留まる事の少ないアゼムがアーモロートを訪れているのは仕事関係なのだろう。
何かに夢中になると寝食を疎かにしがちな同僚にエメトセルクが呆れた視線を送る。それにアゼムは嬉しそうに笑った。
「仕事は楽しいよ。エメトセルクも楽しみなよ。また眉間に皺が増えるよ」
「押すな揉むなっ」
人差し指で眉間の皺を伸ばすようにぐりぐりと撫でられる。それによりエメトセルクの眉間の皺はまた一本増えてしまうのだが。
「あはは、やっと仕事から切り替えられた?」
そう言い、アゼムは手に持っていたグラスをエメトセルクに差し出し、机の上に腰掛けた。行儀の悪さを指摘する気も起きず、黙ってそのグラスを受け取る。アゼムの思惑通りになるのは癪だったが、確かにこのまま仕事を続けようという気分は削がれてしまった。
手に持ったグラスはひんやりと冷たい。早く飲めと言わんばかりのアゼムの顔をじっとりと睨みながら飲み口に口を付けた。喉に流れ込んでくる液体はただの水だったが、氷のように冷たいそれは、少しばかりぼんやりしていた頭に良い刺激となった。
普段、飲み水の温度など気にした事もなかったが、アゼムなりの気遣いなのだと思うと悪い気はしなかった。
「このグラスの模様は……」
「あ、気が付いた? アーモロートの特産品の開発を手伝ってて、やっと完成した所なんだ〜」
「寝ていない理由はそれか! なんなんだ特産品とは!」
気分が落ち着いたのは一瞬のことで、あまりに下らない理由で寝ずの仕事をしていた事にエメトセルクが腹を立てた。
「ヒュトロダエウスは秒で判子くれたのに」
「そうだろうな。あいつはそうだろうな……」
「それに此処に用事ができればエメトセルクにも会えると思って、急いで終わらせてきたんだけど……」
「う……っ」
アゼムの言葉の終わりにらしくないしおらしさを感じ取り、エメトセルクは言葉に詰まる。ここ最近は仕事で顔を合わせておらず、会える口実ができたと仕事に励んでいたのだと思うとそれ以上苦言を呈す事はできなかった。
「……?」
気の利く言葉もかけられず、エメトセルクは手元に視線を落とした。
そして気が付いたのだ、水の中に入れるものとしては異色を放つ物の存在に。先ほどはアゼムに意識を取られていて色の異常さに気を遣れなかった事が悔やまれる。
「なんだ、これは」
「え? クリスタル」
「そんなものは見れば分かる。何故、水に浸かってると聞いているんだ」
中に入っていたのは、オレンジ色の、アゼムが持つクリスタルだった。複製が許されるはずもないそれは、紛れも無く本物のクリスタルだろう。
「氷が無くってね。素材も大きさも丁度よかったし、急速冷却でぎゅーんと。あ、しっかり洗ったから大丈夫」
「そういう問題か!!」
「ぎゃあっ」
机に手を付き大きな音を立てながら立ち上がると、アゼムが真っ青になり悲鳴を上げた。
からかいすぎた。そんな心の声が透けて見え、エメトセルクはゆっくりと莫迦な同僚の元へと歩み寄っていく。

その後、部屋に入ってきた以上の弾丸が部屋から飛び出して行ったが、それが二つに増えている事に外にいた者達は気にも留めなかった。
ただ、エメトセルクが気を抜いた休憩を取れたことをアゼムに感謝したのみである。