bloodstain

血の臭いがする。


天上という地にふさわしくないその臭いに、彼は寝そべっていた身を起こした。
水と岩しかない空間に広がった、白い羽根。
ばさりと音をたてて、金色の天使が降り立った。
「セレス…!?」
その天使の白い衣を染めている赤に、彼は息を飲んだ。
「どこか怪我をしているのか!?」
青ざめて心配する彼に、セレスは笑う。
「怪我? この僕が?」
怪我をしていないという安堵よりも寒気のほうが勝り、彼は少し身を退いた。
「君を苦しめるバカな天使共の血だよ。ほら、よく見てごらん」
セレスは彼の手を無理やり取ると、血に染まっている服に触れさせる。瞬間、彼は声にならない悲鳴をあげ、その手を弾いた。
「何故お前は……っ!!」
「君を苦しめたからだよ。他になにか理由があるかい?」
わからないなぁ、と首をかしげるセレスを見つめる銀の瞳が、濡れた。
今まで楽しそうに笑っていたセレスの表情が一変する。
「……どうして君が泣くんだい」
怒りを露にした声。
「僕はただ君を苦しめる存在を消してあげただけじゃないか。ああ、でもそれだけじゃ足らないね。この天上そのものが君を苦しめるんだから、いっそ滅ぼしてあげようか?」
「やめろ…っ!」
頭を抱え号泣し始めた彼をセレスは冷ややかに見おろした。
「僕を、堕とす?」
ビクリ、と彼の身体が震えた。
「同胞を殺し罪を犯した僕を、奈落に堕とすかい?」
「そ、れは…」
「……できないよね?」
セレスは跪くと、俯いたままの彼を優しく抱きしめた。しばらくそうしているうちに、彼の手がのろのろとセレスの背にまわされる。その手に力がこもり、しがみつくようになると、セレスは満足そうに微笑んだ。
「君が僕を堕とすなんてできっこない。僕が何人天使を殺したとしても、堕とすことはできない。…君には僕が必要なんだから、ねぇ?」
彼はそれに、セレスの胸に顔を押し付けることで答える。服についたまだ乾ききっていない血が、彼の頬を汚した。
「君を悲しませるものは、みんな僕が消してあげるから…」






そうして
いつか君自身を殺す日が、くるんだろうね。