45:あいしてる

珍しいこともあるものだ…

神の椅子を陣取る不敬な天使を見つけ、彼はその様子を眺めると、しみじみ思った。
椅子には金色の天使が座っている。
床に紙が散乱しているのは、目的のひとが不在なことに腹を立てた結果だろう。床が悲惨なことになっている反面、机の上が妙にすっきりしている。
この天使が部屋で暴れるのは特に珍しくはない。
彼が言う、珍しいこととは…。



音をたてないように、彼が天使に近づいていく。
しかし、気をつけようとしていても彼の衣は長く、どうしても衣擦れの音がたってしまう。
それでも、普段なら身のまわりのことに敏感な天使が動くことはなかった。
「…セレス」
椅子の横にしゃがみこみ、セレスの顔を覗いてみる。いつも自分を映す金の大きな瞳は、閉じられていた。

寝てるのだ。

「…本当に、珍しい…」
いつも眠気に負けるのは自分ばかりで、セレスが寝ている姿などそうそう見ることはできない。
そっと、顔にかかっている髪を指先で払ってみる。睫がピクリと動いたが、起きる気配はない。
それならばと、今度は柔らかな頬に触れてみる。それでも起きる気配はない。
彼はなんだか楽しくなってきて、ゆっくりとセレスの力の抜けた身体を抱き上げ、椅子に座った自分の膝の上に、軽い身体を横抱きにした。普段のセレスだったら顔を赤くして怒り狂うであろうその体勢も、寝ている今ならし放題だ。
彼の腕と肩にもたれかかり、くうくうと寝息をたてる天使。無防備なその顔は、小さな身体と相俟って、とても幼く見える。
頬を撫でながらその額に口付けると、くすぐったいのか、微かに身をよじらせた。
ここまでして目を覚まさないのは、単に眠気に負けているだけではなく、ここにいるのが自分だからこそだろう。
自分が、セレスの前でだけ惰眠を貪ってしまうのと同じように。

「セレス…、……」
愛しさが込み上げ、言葉に出そうになるのを彼はあわてて抑えた。
セレスから彼へは何度か告げられている言葉だが、彼がその言葉を返そうとすると、セレス自身にきつく止められてしまう。

神がただ一人の天使に、そんな事を言うのは許されることではないと。

「………」
彼は口を押えたまま、寝ている天使を覗き込む。
やはり起きる気配はない。

――今なら

誰も聞いていない今なら、言っても許されるだろうか。



彼はセレスを更に抱き寄せると、その耳に唇を近づけて、息をするような小さな声で囁いた。




「    」



その言葉は彼の一番近くにいる天使の耳にも届かず。
ゆっくりと白い日差しの中に、溶けていった。