58:秘密の花園

彼の部屋の外。そこには大きな花畑がある。
天使達が彼の為に作ったもので、常に色とりどりの花が咲き誇っている。
部屋から滅多に出ることのない彼の目を楽しませる為だけにある花畑。
時々、小さな子供の天使が花を摘んで遊んでいることもある。しかし、肝心の彼はその花に触れたことはない。
いつだって、見ているだけ。



「外に出てみないかい?」
ぼうっと外を眺めている彼に、金の天使は言った。
「外といっても…」
彼は滅多に外に出ない。
そんな暇があれば仕事か寝るかしている。そして、彼は全ての天使から崇拝される存在…だからこそ、そうそう天使の目に触れるようなことがあってはならない。
戸惑っていると、セレスはむっとした顔をした。
「別に、外に出たらいけないという決まりがあるわけじゃないんだから、いいじゃないか」
「しかし、あまり外には出るなと言われていて…」
「それは“お偉い天使さま”が勝手に言っていることだろう?君はこの天上で一番偉いのに、いちいち言う事きいててどうするんだい」
喋る事が苦手な彼に比べ、セレスは饒舌だ。特に彼が理不尽な扱いを受けた時は。
そんなセレスに言葉で勝てるはずがなく、彼は仕方なく頷いた。
「それじゃあ、花畑にでも行ってみようか」
「そこの、か?」
彼の目線の先には、先程まで見ていた花畑。
「そこもいいんだけどね。せっかくだから、とっておきの場所に連れて行ってあげるよ」
そう言うと、セレスは大きな6枚の羽を広げ、浮かび上がる。
彼の手を取り上昇すると、窓から飛び立っていった。



「ここは?」
辿り着いた先は、花畑。
そこに咲き乱れる花々は、彼がいつも見ているものよりも色の種類が少なく、花弁も小さく見えた。
「僕のお気に入りの場所。あまり知られてないみたいだから、他に誰も来ないよ」
セレスがそのまま花畑の上に降り立とうとして、彼は焦った。
このままでは花を踏んでしまうことになるからだ。
「大丈夫。自然に群生している花だから、踏んだって簡単に枯れはしないよ」
そう言われ、恐る恐る立ってみる。
花の大きさのわりに太い茎は折れることなく、また花びらも散ることはなかった。
「花というのは、丈夫なものなのだな」
心底感心している彼にセレスが笑う。もともと自分が生み出した“モノ”なのに、何を言っているのかと。
「私は最初にきっかけを作っただけだ。このように変化していくのを見るのは、面白いな」

その“変化”が全て良いものなのかは、わからないけれど。



セレスは花の少ない場所へ移動すると、彼を手招いた。地面に座り、自分の膝を軽く叩く。
「?」
彼はセレスの側へ行きしゃがむが、セレスの意図することがわからず首を捻る。
セレスはそんな様子を見て、少し顔を赤くしてふてくされた顔をした。
「ほら、ここに寝て」
彼の腕をぐいっと引っぱり、自分の膝を枕にする形で横たえさせる。
彼は突然顔に触れたぬくもりに、焦った。
「セレス…?」
「誰も来ないって言っただろう?…このまま寝ていいよ」
恥ずかしいのか、顔を見られないように、彼の目を小さな手が塞ぐ。
自分から甘えさせようとしてきたセレスの行動に驚きつつ、彼は言われた通り、目を閉じることにした。


(静かだ…)


城の中とは違う、淋しさの感じさせない静けさ。
聞こえてくるのは、微かに風に揺れるセレスの髪と羽根のさらさらとした音だけだ。


(私が作った天上には、私の知らない場所がある)


天上は変化しつつある。
それは彼を喜ばせるものより、哀しくさせるものの方が多い。
しかし、今感じている変化は、嬉しいもののように思う。


彼は己の白銀の髪を梳いてくる手の心地良さに身をまかせ、花の香りに包まれながら眠りに落ちていった。