64:おやすみ、大切な人

「兄上…、兄上…」
プラチナが机の上に突っ伏して寝ている、兄でもあり奈落王でもあるアレクを揺らして起こそうとするが、幼い王は一向に起きる気配がない。
新たな王になり、激務に追われていたのだから疲れるのも仕方がない。プラチナや参謀達がサポートしているとはいえ、こういった執務に慣れないアレクの疲労は周りが思っているよりも酷かった。
やっと終わりが見えてきた書類の束。急を要するものを片付けた所で限界がきたらしい。うつらうつらと船をこぎはじめたかと思うと、アレクはだるそうに机に膝を乗せると、それを枕代わりに寝入ってしまった。
プラチナが残った書類に目をやる。
あと数枚。
しかし、すぐにやらないといけない内容のものではない。
すやすやと眠る王を起こすのも忍びなく、プラチナは諦めて椅子に座り直し、窓の外を眺めた。春の日差しが降り注ぎ、とても心地良い日だった。
(あたたかい、な…)
ぽかぽかと身体が暖まり、心地よさに目を閉じると、プラチナの身体にも疲労感が襲ってきた。
同時に、眠気も。
継承戦争の時ですら睡魔に負けて起きられなかったことのあるプラチナだ。当然耐えられるはずもなく。
椅子にもたれかかると、そのまま夢の世界へと落ちていった。







「おやおや…」
「…アレク様…」

それからしばらくした後。
部屋に入ってきた参謀2名が見たものは、春の日差しの元でとても気持ち良さそうに眠っている、金と銀の王の姿だった。
「アレク様、頑張ってましたものね…」
眠るアレクに己のマントをそっとかけるサフィルス。
「プラチナ様…そんな体制で寝ていたら、身体を痛めてしまいますよ?」
プラチナを起こさないように抱きかかえ、近くのソファに移動させるジェイド。眠る姿が幼く見え、思わず目を細める。


参謀が持ってきたのは書類の束。まだまだやらなければいけないことは、たくさんある。
だが、それは2人がこの幸せな時間を終えてからでも遅くはない。
ジェイドはプラチナの結ってある髪を解き、梳きはじめる。
サフィルスは数刻もしないうちに起きるだろう2人のために、お茶の準備をし始めた。



奈落の王2人と、元天使の2人の、ゆっくりとした一時が過ぎていく。