76:ありがとう  ※過去にやった企画『お月見部屋』設定のお話です。

「ではプラチナ様、お出かけしましょうか」
仕度を整え玄関から声をかけると、タタタと、掛けてくる足音が聞こえた。
時折トスンという音がするのは跳ねているから。嬉しい時のプラチナの癖だ。
今日はジェイドの仕事が休みの日。なので一緒に買い物に行こうと前々から予定をたてていた。プラチナはあまり外出することがないので、知らないお店や公園の名前を出すたびに、興味深そうに耳をピクピク震わせていた。
声をかけてから数秒。玄関に姿を現したのは、大きな耳を隠すためにかぶった兎耳の帽子、男の子用のセーラー服を着たプラチナだった。
その愛らしさに、自分の見立ては間違ってなかったと満足するジェイド。
ちなみに何故小さい姿のままかというと、アダルトバージョンのプラチナはとても美しいので、街に連れていくと色々面倒なことになるからである…。
ふと、ジェイドはプラチナが抱えてるものに気付いた。
小さな身体で一生懸命背中に抱えているのは、プラチナの身長以上に大きい、にんじんの抱き枕だった。
この枕はプラチナのお気に入りで、寝る時はかかさず抱きしめている。
持っていくつもりなのか、赤子をおぶるように紐で身体にくくり付けていた。
「…プラチナ様、それは置いていきましょうね?」
「いやだ」
即答。
「そんな大きなものを抱えていたら、動き辛いでしょう?」
「だ、大丈夫だ!!」
にんじんを取り上げようとにじり寄るジェイドに、取り上げられまいと後ずさるプラチナ。
「い、いやだ…」
おおきな兎の耳が、帽子ごとペタンと垂れる。少し可哀想な気もしたが、こんな大きな物を持っていくわけにもいかないので、ジェイドは心を鬼にしてにんじんを取り上げた。
「!!」
プラチナがとっさににんじんにしがみつく。にんじんが上に持ち上げられたせいで、ほとんど宙づりの状態になっってしまった。
「置いていきましょうね?」
ジェイドが優しく言うものの、プラチナは瞳に涙を浮かべ、いやいやと首をふる。
自分がプレゼントしたにんじんを気に入ってくれているのは嬉しい。だがこれは少し困った。
「プラチナ様、…かわりにこれでは駄目ですか?」
そう言ってジェイドが取り出したのは、にんじんの形をしたリュックサックだった。
プラチナが枕を掴む手を緩め、大きな瞳を瞬かせる。
「これは…?」
「お出かけ用の鞄です。プラチナ様用の」
『プラチナ用』という言葉を聞き、垂れていた耳がぴんと立った。
枕から手を離し地面に降りると、おそるおそる小さなにんじんリュックに手を伸ばす。
「もらっても、いいのか…?」
きゅっ、とにんじんリュックを抱きしめながら上目使いにジェイドを伺う。そんなプラチナにジェイドはにこりと微笑んだ。
「もちろんです。今日の為に準備したんですから…。今日は枕はお留守番させて、これで我慢していただけますか?」
「…わかった」
こくんと頷き、リュックを背負おうと身体をもごもごさせる。
うまく背負えないのをジェイドが手助けし、小さいにんじんはプラチナの背中におさまった。
「ジェイド…その、ありがとう…」
はずかしそうに礼を言うプラチナに手を差し出すと、ぱあっと花が咲いたような笑顔をみせ、ジェイドの大きな手にプラチナの小さな手が重なった。


今日は楽しいお出かけの日。
幸せな1人と1匹の姿は、玄関の外へと消えていった。