お腹をすかせた人形
(9が奴隷、5が主人な設定です。直接的な表現はないですがモブ×9要素があるのでご注意ください。)

するすると、質の良い櫛が自分の髪を鋤いていく。
仕上げとばかりに、ピンク色の大きな花をその髪に飾ると、バッツは満足そうに笑った。
「やっぱりジタンは可愛いな〜」
そう言いながら柔らかな金髪を撫でる。ジタンの尻尾が不機嫌そうに横に揺れた。
(女物じゃねーか…)
肌触りの良い布に可愛らしいレースがあしらわれたドレス。
高価そうなそれに、普通は喜ぶはずだ…レディなら。

男の自分にこんなものを着せて何が楽しいのか、自分の主人のことながら理解に苦しむ。

「うまいお菓子もらったんだ〜。一緒に食べようぜ☆」
子供のようにはしゃぎながら、ケーキが乗ったフォークをジタンに差し出す。ジタンは黙ってそれを口に含んだ、が
(あ、甘…っ)
口の中に広がる甘ったるいクリームに思わずえずき、吐き出しそうになってしまい、慌てて口を押さえる。
それに特に気分を害した様子もなく「おいしいか?」と目を輝かせるバッツに聞かれ、ジタンは口を押さえながらこくこくと頷く。

(まるで人形遊びだな…)

主人の気まぐれに付き合わされ、自分の意思で行動するのも許されない。

今の自分はまさに愛玩人形というもののようだった。



自室に戻されたジタンは、ぐったりとベッドに横たわった。
絹の夜着に弾力のある寝台、天井に輝くシャンデリア。
もともとこの家の奴隷として買われてきた自分がバッツに気に入られ、この部屋を与えられた時はこれまでの苦しい生活から解放されるのだと喜んだものだ。

しかし現実はどうだろう。

少しでも意に背く行動をすればひどく折檻をうけた。自分から部屋を出たり、話しかけたりする程度でもだ。
元々勝ち気な性格で初めのうちはいちいち反抗もしていたが、それにも疲れてしまい、今ではもう逆らう気は失せてしまった。

家の他の人間との接触も許されない。なのに唯一それが許される主人とすら意思の疎通もできない。

このまま飼い殺されるくらいなら、お腹がすいても厳しい労働を強いられても一緒に頑張っていた仲間がいた、奴隷の頃のほうがマシに思えた。





「……」
ジタンはベッドの中で何度目かの寝返りをうった。
はめ殺しの窓に視線を向けると、夕暮れの赤い空が視界に入ってくる。
バッツにドレスを着せられ菓子を与えられてから、二度目の夕日。
(お腹、すいたな…)
許しが出ないため部屋からは出られず、ベッドでゴロゴロとしてばかりだが、時間が経てば腹は減る。生きているのだから。

ジタンを“いきもの”として考えていない主人は、他の事に夢中になると、よくこうして玩具ージタンーを忘れてしまう。
主人から与えられる食事しか口にしてはいけない。なので当の主人が食事の手配を怠ると、一切の摂取ができない。(かろうじて水は部屋に備え付けてあるが)
そして毛艶と顔色が悪くなったジタンに気付き、慌てて“手入れ”をするのが常だった。



初めてその状況になった時、ジタンは食べ物を求め、かつて自分がいた敷地を訪れた。
久しぶりに会う懐かしい仲間達にジタンの笑顔が戻る。
しかし、待っていたのは仲間だった者達の、冷ややかな視線だった。


ーー何をしに来た

ーー自分だけ良い所の主人に愛されて

ーー良い服を見せびらかしにでも来たのか

ーー食べ物!?お前も俺達から奪う立場になったのか


浴びせられる罵声に一歩後ずさると、それを皮切りに男達の手がのびてきた。 地面に押し付けられ、引き裂かれる服。

その後のことはよく覚えていなかった。気が付くと、屋敷の人間に保護されていた。
先ほどとは一転して静かになった様子に顔を上げると、怯えた様子の奴隷達と、困った顔をしたバッツの姿があった。
「あーあ、こんなにしちゃって…」
顔に触れられ、打たれるのかと思わず目をつぶる。しかし、その手は優しくジタンの頬を撫でただけだった。
「…?」
恐る恐る目を開けると、バッツがにっこりと笑う。
そして立ち上がり、奴隷達を振り返った。
「で、誰がやったの?服こんなにしちゃってさー、弁償できるわけ?一生働いても無理でしょ?」
笑いながらそう言い放つバッツの顔を見てゾッとした。目が、全く笑っていないのだ。
自分を折檻する時に見せる時のものよりも、冷たい色。

やがて使用人が数人の男を取り押さえた。
「もう面倒くさいし、やっちゃっていいよ」
ジタンを抱え上げ、その場を立ち去るバッツ。
その肩越しに、剣を振り上げる使用人の姿が見えた。



(だめだ、もうあんな事は…)
ジタンはぶるりと震え、シーツの中へと潜り込む。
酷い目にあわされたとはいえ、そもそもは自分の軽率な行動が招いた結果だ。自分が仲間の命を奪ってしまった。

「……オレが生きてるうちに帰ってくるかな、あいつ…」

久しぶりに出した声は、日が落ちた暗い部屋の中で、かすれて聞こえた。





四日目の夜。
ふらつく手で扉を開け、ジタンは部屋の外を見やった。
部屋から抜け出した事がバレれば仕置きを受けるのはわかっているが、いい加減限界だった。
(使用人に会わないようにすれば、オレ以外は大丈夫なはずだ…)
壁に手をつき、ふらふらと深夜の暗い廊下を歩いて行く。この先には厨房があった。
何か、野菜の屑でもなんでもあればと、扉を開けようとした時。
「…おい」
突然、低い声が背後から聞こえてきた。
気配を消されては今のジタンに気付く術はない。ハッとして振り返ると、額に傷のある、見た事のない男がそこに立っていた。
(だ、誰だ…?)
屋敷の使用人なら彼の身が危険になる。しかし、この家にジタンに声をかける者などいるだろうか。
動揺するジタンをよそに、傷のある男はジタンの顔を覗きこんできた。思わず後ずさり、壁に背中をぶつける。
「お前は…。あいつと出かけたんじゃなかったのか?」
(あいつって、バッツのことか…?)
警戒心むき出しのまま壁にへばりついているジタンに、男はため息をついた。
「あいつはチョコボと旅行に行っているぞ」

旅行…。
それでは帰ってこないはずだ。もしかしたら数週間、1ヶ月はこのままなのかもしれない。
力が抜けてずるずると床に座り込む。そのまま床に倒れそうになるのを、大きな手が支えた。
「お前のことはあいつから聞いている。喋れないわけではないだろう、どうした?」
支えられる腕の力強さにほっとしそうになるが、ここで声を出すわけにはいかない。この状態だけでも危険だというのに。
顔を背けて頑なに口を閉ざすジタンに、2度目のため息が聞こえた。
「…俺はあいつの友人だ。危険なことはないから、話してみろ」
「…………」
友達?と、おずおずと顔を向けると、端正な顔立ちが目に入る。嘘をついている様子ではなかった。
「……、」
誰かと話をするなんてどれだけぶりだろう。
緊張と喉の乾きに、なかなか声を出せなかったが、やっとのことで「お腹がすいた」と言うと、3回目の盛大なため息をつかれ、「あいつはペットを飼う資格がない」と失礼な事を言われた。

しかしペットであればどれだけマシだろう。

部屋に転がっている玩具と同じ、飽きたら捨てられる存在。


いっそこのまま部屋で冷たく転がっていたほうが幸せだったかもしれないと、ジタンは身体が床から浮く感覚を覚えなから、自嘲した。