小さな恋人


その日、ジタンは常なら供にしているバッツやスコールとは別行動をとっていた。
イミテーションを倒すグループ、キャンプ地を守るグループ。二手に分かれる際に時々こうやって別になることもあるので、特に気にせずにジタンはティナと昼食の準備をしていた。
ピンク色の可愛いエプロンをつけて。
ティナに差し出された時は顔がひきつりかけたが、「これしか合うサイズがないの」と申し訳なさそうに言われてしまっては否とは言えない。なによりも可愛いレディが自分のために準備してくれたものだから、と、ジタンは笑顔でそれを身につけた。
そして少女と肩を並べ、楽しい昼食の準備をしていた時だった。
がさりと茂みをかき分け、進軍していたはずのバッツが姿を現した。
「え?どうしたんだよバッツ…」
「いや〜、それがさ…」
バツの悪い表情で、ちょっと来てくれとバッツはジタンを茂みの向こうへと呼んだ。
そこには他に誰かがいる様子はない。戻ってきたのはバッツだけのようだった。いったい何なのかとジタンが問おうとした時。
茂みから黒い小さな影が飛び出し、自分の尻尾へと飛びかかってきた。
「なっ…!?」
ジタンは自分が注意を怠っていたことに舌打ちし、腰から武器を取り出そうとした。しかしそれは慌てたバッツによって制止される。
「え、何!?」
武器を持った腕はバッツに抑えこまれ、黒い固まりは尻尾にしがみつく力を込める一方だ。バッツはジタンから武器を取り上げると、疲れたように
「それ、スコールだよ…」
と、目を泳がせながら言った。
「…へ?」
スコールといえば、見上げるほどの高さがあって、仏頂面で愛想がなくて、でも優しい…自分の恋人のはずだ。
少なくとも、尻尾にしがみついてぷるぷる震えるような、小さい生き物ではない。
ジタンは恐る恐る後ろを振り返る。
茶色がかった髪。白いファーのついたジャケット(ひきずっているが)。シルバーのネックレス(重そうだが)。意思の強そうな瞳。
それはたしかに、スコール……にそっくりな、子供だった。



バッツの話によると、イミテーションと闘っていた場所に、スコールの宿敵であるアルティミシアが現れたらしい。
当然、スコールは彼女と戦闘を繰り広げた。
その最中に放たれた、眩しい光。
その光に全員目がくらみ、何が起きたのかわからなかった。
気がつくとアルティミシアは姿を消し。
スコールがいた場所には、スコールに似た小さな子供が、座り込んでいたのだった。



「ってことは、この子がスコール!?」
自分の尻尾であやされている子供は、どう見ても4、5歳ほどだ。
「多分、状況的に考えて…そうだと思う。まだイミテーションもいたし、おれたちだけで帰ってきたんだけど…」
それでどうすればいいのやら。
そんなバッツの心の声が透けて聞こえた。



3人はテントに戻り、ちょうど作っていた昼食で食事をとろうとしていた。
「ほら、スコールも」
ジタンが小さいスコールに器を渡すと、スコールはジタンと器を交互にみやり、「たべていいの?」と、舌足らずに初めて声を出した。
思いのほか高い声に動揺しつつも、「ああ、食べてる間は尻尾離せよ?」と答えると、スコールは目を輝かせながら
「ありがとう、お姉ちゃん」
と嬉しそうに食事を摂りはじめた。
最初のエプロン姿が悪かったんじゃないのかと、慰めにならない慰めを受けながらジタンは恨みがましい目でスコールを見たが、当の本人は食事に夢中で気付く由もなかった。


その日の夜、バッツは見張りを申し出て、テントにはジタンとスコールの2人だけとなった。
ジタンがちらりとスコールを見やる。
いつもならば2人きりになれば寄り添い、時には情を交わすこともある。
しかし今はスコールは子供。当然そんな気分にはなれない。なったら犯罪だ。
ジタンはふう、とため息をつき「そろそろ寝るか?」と声をかけた。しかしスコールは昼間の元気はどこへやら、少し落ち着かない様子で布団をじっと見下ろしている。
「…お姉ちゃん…」
「お…、もういいよ、どうしたんだ」
自分を女の子だと勘違いしていることに諦めをつけ、スコールを自分の膝の上に乗せてやる。スコールは少し驚いた顔をしたが、すぐにジタンにしがみついてきた。
かすかにその手が震えている。
「スコール?」
「ぼく、なにかわるいこと、した?」
「え…?」
「みんな、ぼくを見て困った顔するから…」
だから怒ってるんじゃないかと、腕の中で震える子供にジタンはハッとした。
突然、戦いの真っ直中に放り出された子供。知らない場所、知らない大人達。そんな環境で、不安にならないはずがないというのに。
ジタンはスコールの小さな体を抱きしめた。
「怒ってなんかないぞ…。みんな、スコールのこと大好きだからな?」
「…ほんとに?お姉ちゃんも?」
「ああ、スコールのことが大好きで、一番大事だ…」
これは子供でも大人でも関係ない、心からの想い。
親愛の気持ちを込めて額にキスを落とせば、そこに花のような笑顔が咲いた。



次の日、スコールは朝からバッツと供にどこかへと出かけていった。
どこかへ行くなら自分も誘ってくれればいいのにと、自身が子供のようにふてくされていると、突然目の前に大量の小さな花が差し出された。
見てみると、花を持っているのは少し恥ずかしそうにしているスコールだった。突然のことにジタンがあっけにとられていると、「……じたん、」と教えたばかりの名前を呼ばれる。
それが少しくすぐったくて、「お花くれるのか?」と聞くとスコールが顔を赤くしたまま小さく頷く。その小さい花束を受け取ると、スコールは意を決したようにキッと見上げてきた。
「あ、あのね、ぼくが大きくなったら………」
「…うん?」
「…っ」
ジタンに顔を覗きこまれ、スコールは一瞬たじろぐ。
しかし負けないとばかりに拳を握り
「大きくなったら、お、およめさんになって…!!」
そう、ジタンに言い放った。


ぽかんとしているジタンと言い切ってぜいぜい息切れをしているスコールの間に、「よくやったな!」というバッツの声が響き渡る。
「バ、バッツ、どういう…」
「いやだって、スコールがジタンのこと好きだっていうからさ」
だから告白の方法を教えてあげたんだ。
そう言うバッツにジタンが脱力する。それは色々すっとばしすぎじゃないかと悶々をしていると、バッツに腕を突っつかれた。
「で?返事しないとだめだろ」
バッツの視線の先に目をやれば、そこには顔を真っ赤にしたスコールの姿。
(そっか、オレ、スコールにプロポーズされちゃったんだ)
子供の姿とはいえ、彼がスコール自身であることに変わりはない。
そう思うと嬉しくなって、ジタンはスコールの前に屈み、目線を合わせた。
「いいぜ、スコールとなら、結婚しても」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、絶対」
ゆびきり、な。と小指を差し出せば、それに絡められる小さな小指。
その指が泥だらけで、花を摘んだ時についたのだと思うと、幼い一生懸命な感情に暖かい気持ちになった。




その後、スコールはあっさりと元の姿へ戻っていた。
かけられた魔法の魔力が薄まったからではないかというのが、全員の見解であった。

何事もなかったように元通り。
にはなっていなかった。少なくとも、ジタンとスコールの間では。

「あ〜あ、可愛かったなあ、ちっさいスコールちゃん…」
大きく可愛げのなくなった青年の横で、ジタンがのろけ話をしている。
よほど小さいスコールを気に入っていたのか、ここ数日そんな調子で、ジタンはスコール(大)にスコール(小)の可愛らしさについてしつこく語っていた。
本人の機嫌がどんどん急降下することにも気付かずに。
「ほんとに覚えてないの?」
「…覚えていない」
「えー…」
プロポーズまでしてきたのに酷い〜と、座っているスコールにのしかかると、ジタンは強い力で腕を引っ張られた。
「うわっ!?」
その勢いのままジタンの小さな体がスコールに抱きかかえられる。つい先日までジタンがスコールにしてあげていたように。
「おい……、んっ…」
ぐっと顎を持ち上げられ、唇を塞がれた。そのまま舌を差し込まれ、呼吸を奪われる。
「……っ」
肉厚な舌が小さな舌をひと舐めし、音をたてて離れていく。ジタンが息を整えていると、「子供では、こんなことはできないだろう」と不機嫌な声が落ちてきた。
「…もしかして妬いてんの?自分なのに?」
おっかしーの、とくすくす笑ってそのまま胸に頬を擦り寄せる。男としてこの対格差に劣等感を感じないことはなかったが、それ以上に安心する暖かさがあった。
「オレ、スコールをだっこするの楽しかったけど、こうされるのもけっこう好きだよ」
自分を守ろうとしてくれる小さな手も、自分を包み込んでくれる大きな手も。


結局、お前だから好きなんだよ、とジタンはスコールの頬にキスをした。