水浴び


空が白み始める早朝。スコールは意識が浮上するのを感じた。
薄暗いテントの天井をぼんやりと見つめる。まだ起き出すには早い時間の様で、ジタンとバッツは深い眠りについたまま目覚める気配もみせず、すやすやと平和な寝息をたてていた。

ようやく頭がはっきりしてきたスコールは、自分の身体がやや汗ばんでいるのを感じた。
寝汗だろう。特に昨夜はジタンがスコールの毛布に潜り込んだまま眠ってしまい、体温の高いジタンと同衾したせいでより汗をかいている様だった。
「うー…ん…」
ジタンがむにゃむにゃとしながらスコールの胸元に擦り寄ってこようとする。
その胸元を覆うシャツは、汗のせいで若干湿り気を帯びている。スコールはジタンを起こさないようにその身体を制し、そっと毛布から抜け出した。


テントを構えている場所からそう離れていない水場で、頭から水をかぶる。最近こうして朝に行水をするのがスコールの日課になっていた。

きっかけは何だっただろうか。

いつもとは違う編成で各チームがそれぞれ目的の場所へと向かい、ようやく任務を終え馴染みの顔と再会を果たした時、スコールは汗と泥で汚れた状態だった。
イケメンが台無しだなとバッツとジタンにからかわれ、それぞれの報告もそこそこにテントに戻った時だった。ジタンが後ろから抱きついてきたのは。
こうしてジタンに不意打ちを食らうのはいつもの事だったが、今回は勝手が違う。先程ジタン本人がからかっていた薄汚れた身体に、小さな身体が擦り寄り頬擦りをする。袖がなく剥き出しの白い腕が泥と汗で汚れていくのを見て、焦った。臭いも酷いもののはずだ。
スコールはすぐさまジタンを引きはがし、水場へ向かった。後ろから聞こえるジタンの文句を聞き流しながら。


それからだ。スコールが頻繁に水場を訪れるようになったのは。
時間の許す限りとはいかないが、先程のように寝汗をかいた時などは、早朝に起き出し汗を流すようにしている。

スコールは水から上がるとタオルで髪と身体の水分を取り、昨日洗ったばかりの新しいシャツに腕を通した。
そして愛用の香水を少しだけ身体にふりかける。これで完璧だと、スッキリした気分でテントに戻った。


スコールが水浴びをしている間に二人が起き出したらしい。テントへ戻ると、バッツが寝ぼけながらボサボサになっている頭を掻き、ジタンは不機嫌そうに寝床の上に座っていた。
ジタンは入り口の幕を開けて入ってくるスコールを鋭く睨み上げた。
(……?)
怒気を含む視線にスコールが困惑する。眠りを妨げてはいないはずだ。怒られる理由が分からない。
疑問が表情に出ていたのか、ジタンはますます機嫌を損ねていく。やがて立ち上がると、入り口に留まったままのスコールの元へと歩み寄り、替えたばかりのシャツをぐっと掴んだ。
そして、そのシャツに顔を埋める。
何度か鼻を押し付けられる感覚がした後、視界の下方にあるジタンの尻尾が不機嫌も露にぶんぶんと大きく揺れた。

「なあ、なんで最近朝になると水浴びにいってんの?」
何故と言われても。
危険な場所に行っているわけではない。わざわざ確認をしなければならない事でもないだろう。

「せっかく…」
ジタンの、シャツを握る手に力がこもる。
「一晩かけて匂い付けしてんのに、台無しだ…」
「…は?」
つぶやかれた内容に、スコールが思わず声を出す。
そのとぼけた声にジタンは眉を寄せると、スコールの腹にぐいぐいと額を押し付けた。

(匂い…?)
一晩、という言葉にスコールには覚えがあった。

寝る前、又は寝ている時、ジタンは毎晩のようにスコールに擦り寄ってくる。甘えているのかと思ったが、そうではないらしい。頭を撫でて怒られた事がある。
それが匂い付けの行為というのなら納得がいった。とにかくジタンは、一晩頑張ってつけた匂いをすぐに落とされることが気に食わない様だ。

「あー、だから最近スコールからジタンの匂いがしないんだな」
それまで黙ってやり取りを眺めていたバッツが口を開いた。大きな欠伸をしながら。


「でも、ジタンにはスコールの香水の匂いがバッチリついてるよな」


「それが余計にムカつくんだよ!!」
シャー!という猫の唸り声が聞こえてきそうな勢いでジタンの尻尾の毛が膨らんだ。
そして全身を使って、スコールを押し倒さんばかりの勢いで身体をすり寄せてくる。
「俺が匂い付けされてるみたいで、ムカつく…!」


そんな事を言われても。
スコールとしても、自分の汗でジタンの身体を汚すのは避けたい所であって。しかしその汗を流すと、同時にジタンのマーキングも落ちて本人を不機嫌にさせてしまう。
相手を想い想われる事がこんなにも難しい事だとは。
こうした他人との触れ合いにまだ慣れていないスコールには手に余る問題で。
頭をひねり考えても、そうそう解決策は思い浮かばない。
今は身体に巻き付いてくるジタンの尻尾を、甘んじて受ける他なかった。