仮装とお菓子


戦士達に一時の休息を。
そう言いながら女神が渡してきたのは、二つの袋だった。

袋はそれぞれに二つずつ。
一つにはお菓子が、もう一つには服が入っていた。


「ハロウィンか」
テントの中で内容を確認していたスコールがそうこぼす。手には黒いマントが握られていた。
「ハロウィン?……げ」
聞き慣れない言葉にジタンが疑問を口にしながら袋の中身を確認する。最後に押し潰した様な声が出たのは、『服』が入っている袋の中を見た為だ。
見慣れぬ奇怪な服に驚いたのだろう。スコールは気にせず話を続ける。
「死者が家族の元に来る日とされている。その中に紛れ込んでる悪霊を脅かす為に仮装をするらしいが、今じゃ子供が仮装して菓子を要求するだけのイベントだな」
「ああ、死んだ人間が家族の所に来る…っていう日は俺の所にもあったよ。ハロウィンとは呼ばなかったけど…それと同じかな」
仮装もしなかったけど、俺だったら仮装してくれてた方が面白くていいなと、ジタンが笑う。

女神の好意を無下にするわけにもいかないと、二人は与えられた衣装に袖を通す。
あまり気の進まないスコールだが、嫌だと拒否をした所で自分以外の全員は仮装をするに違いない。普段から女装して戦うクラウドに抵抗はないであろうし、意外とこういう事に乗ってくるwolでさえも仮装をするだろう。自分一人が仲間の輪を乱すわけにはいかないと腹をくくる。

スコールに用意されたのは、古いデザインのブラウスに、ベストと黒マント。吸血鬼だ。ご丁寧に付け牙も袋に入っていた。着替えの最後にそれを口に押し込めると、ジタンのほうを振り返る。
「おー、イケメンじゃん」
「───!?」

振り返った先で仁王立ちしていたジタンの頭には、先が尖った三角形の帽子が乗せられている。少しサイズが大きいのかずるりと落ちそうなそれは、魔法使いの衣装なのだろう。



もとい、『魔女』の。



大きく開いた胸元。
黒く艶のある生地で作られたワンピースの丈はとても短く、かろうじて下着が見えない程度しかない。
太腿までの丈の網タイツを固定するガーターベルト。


いやらしい。


そう表現する他ないその衣装は、頭の帽子がなければ魔女だとはわからなかっただろう。



「な、んて、格好をしてるんだ…!」
「え、コレ?」
顔を抑え後ずさるスコールに、ジタンが己の穿いているスカートをぺらりと捲る。
際どい位置まで見えてしまった太腿に、普段身に付けている下着が見えていない事から、ガーターと共に用意されたであろう布の少ない下着を付けているのではという妄想がスコールの頭を駆け巡る。
「劇団員ナメんなよ?着ろと言われたらなんだって着るぜ」
そう言ってのけるが、最初に袋を見た時に発した声が本音を物語る。まさか女性用の、こんな衣装をあの女神が与えてくるとは思わなかったのだろう。
それでも着たのは、皆とのお祭りを楽しむため。この服をプレゼントしたのが“女”神だったからに他ならない。

「…その格好で外に出る気か」
「さすがに少し、抵抗はあるけど…」
せめてもっとスカートが長ければなぁとジタンが尻尾を振る度に、軽い布で作られたスカートが波打つ。これがまだ正面で向き合っているから良いものの、ジタンの後ろに立っていたら中が丸見えだったに違いない。

頼むから尻尾を下げてくれ。

そんなスコールの心の声を知ってか知らずか、尻尾を揺らしながらジタンが近付いてきた。
「スコール、なんか喋り方ヘンだな」
「…ああ」
どうにも先程から声がくぐもったり、舌足らずになっていしまっている。
「牙の所為だ。口が閉じない…」
「付け方悪いんじゃねーの?見せてみろよ」
ジタンに手招きされるままにスコールがその長身を屈ませる。それにジタンが眉を寄せて唸ると、「見えないから座れ」と指示をしてきた。ジタンの中に『しゃがんでもらう』という選択肢は無い。

「んー、付け方は大丈夫そうだけど…。そういうもんかな」
スコールに身を乗り出してジタンがその口の牙を指でつつく。パーティー用品の為、特殊メイクなどに使う物ほどのクオリティがないのだろう。
暫く親指で牙を弄っていたジタンだが、何かに気付いたようにはっとし、その直後ににやりと笑った。
いじめっ子の様な顔をしたジタンにスコールが悪寒を覚える。
「でも、俺はこれ好きかも。────だってさ」
牙を触る指はそのままにジタンが顔を近づけて行く。何度も見たその光景に、条件反射でスコールはぎゅっと目を閉じた。

いつもと違うのは唇同士が触れる感覚が少ない事だろうか。
しかし覚えのある柔らかい物が舌に触れてくる。舌先を舐められる刺激に思わず口を閉じそうになるが、自分の意志に反して口が動かない。

口内に指を入れられているのはもとより、牙のせいで口が閉じないのだ。先程自分がそう言ったように。

指がなくても大丈夫だと判断したジタンは牙を触っていた手を引き、スコールの首に腕を回す。
「ふ、…ん」
ぴったりと口を合わせることはせずに、半開きの口の中をつつく様に舐めていく。
牙が邪魔をして歯をなぞることは出来ないが、仕方が無い。ジタンが暫くスコールの口内を弄っていると観念したのかその気になってきたのか、スコールも自分に体重をかけてのしかかっているジタンの腰におずおずと腕を回してきた。


口を完全に塞いでいない所為で濡れた音がより大きく聞こえてくる。
スコールが唾液を口から零すという粗相をしない様に舌で舐めとってやっていたジタンだが、スコールが窒息する頃を見計らって身を引いた。大きな身体の上に跨がっているのはそのままだが。

「で?」
「…?」
肩で息をするスコールに、ジタンが再度疑問を投げかける。
「お菓子がどうこうって、なんだ?」
それは先程スコールがハロウィンの説明で言っていた事だろう。仮装とお菓子がどう関係するのかの説明が抜けていた。
「…お菓子をくれなければ悪戯をするぞ、と菓子を貰って回る祭りだ」
「え、あのお菓子って人にやるもんだったの!?」
驚いて頭をかかえるジタン。見れば彼の『お菓子の袋』がしぼんでいる気がする。
「食べたのか?」
「うん」
テントに戻って着替えるまでの、何時の間に。
呆れ顔のスコールに、早速ジタンが「Trick or Treat」と言いながら顔を近付けていく。しかしスコールはジタンの口を手で塞ぎながら「菓子ならあるぞ」と答えた。
指差す先には、手つかずの『お菓子の袋』。それにジタンはちぇっと舌打ちをしながらキスを諦めた。
「あーでも、俺はスコールにあげるお菓子がないから────」


「────悪戯していいぜ?」


そう言ってジタンはうっとりと笑った。


(…悪戯!?)
お菓子を貰えなかった時に実際にどんな悪戯をするのかなど、聞いたことがない。

それは菓子をくれなかった本人にする事なのだろうか。
目の前の、いかがわしい服装をした魔女───もといジタン自身に。

自分に跨がるジタンは、足を広げ座っている所為で余計にスカートがたくし上がっている。
開いた胸元は、もともと胸のある女性が着る事を想定した造りの所為か、ぶかぶかとして心もとなく、中が見え隠れしていて。

「……スコールのすけべー」
「なっ…」
スコールの彷徨う視線の先を察知したジタンが意地悪そうな顔でそんな事を言った。顔を赤くするスコールに見せつける様に、スカートの端を掴んでひらひらとさせる。


「俺も男だし、こういう格好がそそるのはわかるぜ?気にしないで、悪戯しろよ」
ジタンは邪魔な帽子を脱ぎ、床に放り投げた。そして固まっているスコールの胸元に擦り寄り、全身を密着させる。

「俺はお菓子もらうから悪戯できないし…。チャンスだろ」
それは主導権をスコールに譲るということだ。

主導権。
何のだ。

そう葛藤するスコールだが、当のジタンが許可して身を差し出しているのだ。何を遠慮する事があるというのか。



スコールは喉を鳴らし、ジタンの身体に手を伸ばす。
スカートの布地に指がさらりと滑り、布の特有の冷たさが伝わってきた。