運命の赤い糸の代わりに血染めの包帯を


血と泥を拭ったタオルを桶に投げ、薬草を染み込ませたガーゼをその腕に巻いていく。
「大丈夫か?」
手当てをしているジタンがそう言葉をかけるが、スコールからは生返事も返ってこない。虚ろな目で白い包帯に巻かれて行く己の腕を眺めていた。

無理もない。今日も目の前で仲間が───消滅したのだ。
正確には消滅した所は見ていない。しかし状況から言って助かる見込みは無かった。結果的にその仲間を見捨てる形で二人は生き延びたのだ。


もしかしたら生きているかもしれない。


そんな考えはとうに無い。
以前なら───特にジタンであれば、スコールの手当てが済んだ後に探しに戻っていただろう。
しかしジタンは手当てが済んでもその場を離れようとはしなかった。その仲間が消滅したであろう方角を見る事もなかった。

この世界には『奇跡』も『希望』も存在しないのだと仲間が減る毎に思い知らされ、期待するだけ無駄だと悟って。



それは『諦め』とも言えた。



ジタンは俯くスコールを覗き込むと、その唇に触れる。すると漸くスコールからの反応が見られた。
「やめろ」と、薄い皮膚を触れ合わせただけの状態の唇とゆるりと動かす。
「なんで?」
「…こんな事をして、何の意味がある」
意味が無いと言外に言い捨てられたのだが、ジタンはそれに気を悪くする様子はない。ニィっと口の端をつり上げ、挑発的な視線を送る。
「いろいろと発散するには手っ取り早いだろ」
ジタンの言葉にスコールが眉を寄せる。始めからスコールの同意など求めていないジタンは、気にも留めずに一度離した唇を寄せた。
唇を啄む、戯れの様なキスなどするつもりはない。指でスコールの顎を押し開けると、直接口内を舐め上げる。
胸を押し返されないように首に腕を回し、胸と胸を合わせるように密着させた。すると口内で舌を押し返されそうになったが、するりと舌の裏側に回り込んでそれを回避する。
時々舌を吸って自分の口内に導いたり。そのうちにスコールが苦しげな呼吸をしている事に気付き、口と口の間に隙間を開けてやった。途端に隙間から唾液が漏れお互いの口を汚すが、窒息しそうなスコールはそんな事には構ってもいられず、僅かな隙間から酸素を吸う。しかしジタンはスコールの呼吸の回復を待たずに再度口を塞いでしまう。
その繰り返しで、スコールは舌が触れ合う快感と息苦しさに翻弄されながらも、ジタンを抱き返すことはしなかった。


「……はっ」
満足したのかジタンが完全に口を離す。濡れた己の口は気にも留めず、スコールの顎を伝う唾液を指で拭ってやった。それは顔に唾液を広げる結果にしかならなかったが。
ジタンは息を乱すスコールを眺めながら、自分の着ている服に手を伸ばす。ベストを脱ぎ、ズボンのベルトを外して下着ごと脱ぎ捨てた。インナーシャツは首を通すのが面倒だった為、そのままにして。
そして次にスコールのズボンの合わせに手を伸ばす。するとその手を掴まれた。ここにきて初めてスコールが抵抗を見せてきたのである。
「離せよ」
「なんの、つもりだ」
「…べつに初めてでもあるまいし」
それにスコールは羞恥で顔を紅潮させた。

これまでもスコールとジタンは幾度となく肌を合わせてきた。
しかし二人は想い合う関係ではない。
少なくともジタンにその気持ちはあるが、スコール自身がどうなのかまでは把握していない。もうそんな事はどうでも良かった。
濃厚な交わりに溺れる事で現実から目を逸らす、自暴自棄になっている気持ちを別の事に向けてやり過ごす…そんな理由を付けてはジタンはスコールを誘っていた。

「意味がないならしてもしなくても同じ。ならしようぜ?」
スコールが動揺した隙をついて、掴まれていた腕を外す。そしてズボンの合わせからスコールのものを取り出すと、何の躊躇もなくそれを口に含んだ。
先程のキスで既に反応を示していたものを可能な限り奥まで銜え、口を上下させながら手で根元を刺激する。
「ふ、……ぅ」
頭上からスコールのくぐもった声が聞こえ、ジタンの背中に置かれた手がシャツを掴んで皺を作る。
最初はジタンの頭に手を置いていたのだが、髪を掴んではいけないと判断し背中に置いたのだろう。そんな余裕があるのかと、ジタンは先端を強く吸った。
「………っ!!」
突然与えられた痛いくらいの刺激に、スコールの身体が前のめりになる。その結果スコールの表情を確認し易くなった。目を瞑り快楽に必死に耐えている姿は、ジタンに暗い悦びをもたらす。


馬鹿みたいに綺麗でまっすぐなスコールを、自分の欲で汚す事に罪悪感がない訳ではない。



だからこそ自分の想いを自覚した時は焦らないようにした。
スコールがこちらを向くまで待って、向かないのであれば諦めるつもりだった。

これからの未来を考えて。




しかしそれもどうでもよくなってしまった。自分達に未来などありはしないのだから。

勝利の見えない戦いにあけくれ、混沌に『消滅』される瞬間を待つだけの日々。

最初に関係を持ったのは、10人いた仲間の一人が消滅した時だろうか。
その時は今よりも抵抗を見せていたが、仲間が減るのと比例して肌を合わせる回数が増える毎に抵抗は無くなっていった。
欲に溺れ、ジタンの小さな身体に縋り付く逃避を求めるようになったのか。スコール自身もまた自暴自棄になってしまったのか。





ギリッ…とシャツを掴む手に力が籠る。
シャツが引っ張られ首が苦しくなったが、ジタンは構わずに口淫を続ける。絞まる首と口を埋めるもので呼吸もままならないが、セックスの最中に与えられる刺激は何だって快楽にすり替えられるような気がした。
「く…っ、は、なせ…」
限界が近付いたのか、スコールがジタンの頭を己の股間から引き剥がそうとする。しかしジタンはそれには応じず、根元を強く握り絞めると銜えているものに軽く歯を立てながらスコールを睨み上げた。

『自分だけイイ思いするなよ』

以前ジタンがスコールに言い放った言葉。その時と同じ目をしていた。


ジタンは片手を離すと下半身へと伸ばした。スコールの性器を握りながら、己の性器を弄り出す。もとよりスコールからの愛撫は期待していない。気分は充分高調しているが、直接的な刺激がない事には解消には向かえないのだ。

「…ん、ん…」
「うぁっ…、あ、はな、せ…!」
残った片手で達しそうなものを塞き止めながら、自慰に没頭する。
十分な固さに育ち、窒息ではない息苦しさに顔を染め苦しげな表情をすると、口の中の物が一層固さを増したような気がした。
見ると先程まで目を閉じていたスコールがジタンを見ていた。一つ覚えのように「離せ」と繰り返していたくせに、自慰をするジタンを見て興奮していたのだ。

唾液で濡らしてわざと音を立てたり、自慰の刺激で歯を翳めてしまったり。
シャツを握っていた手は、いつの間にか頭の上に移動していた。緩く金の髪を掴み、押さえ付けるような動作をする。引き剥がそうとしないのは、それだけ限界が迫っているからだろう。
やがてジタンの下肢からも濡れた音が聞こえ出すと、その下肢を扱く手を早めた。
「あ、う…!」
ジタンが性器から口を離して声を上げる。その直後に地面にぽたぽたと精液が落ち、染みを作った。

前に突っ伏すように息を乱してはいるが、スコールのものを握った手を緩めることはない。達する瞬間により力を入れてしまい、苦しげな悲鳴のようなものを聞いたような気がする。
「…泣いてんの?」
「誰、が…!」
とうに限界を越えているのか、苦しさにスコールの頬に流れるものが見える。かろうじて言い返すことはできた様だが、その身体は震えていた。
「……」
ジタンは肩で息をし震えるスコールにそれ以上刺激は与えず、それでも手は離さずに様子を見た。

そして漸くその手を離す。スコールが待ち望んでいた解放なのに、身体の熱は一向に引く気配がない。
刺激を与えられず時間が経過したせいで射精できなくなってしまったのだ。あとひと撫ででもすれば達せるというのに。

「自分で触るのはナシな」
動こうとしたスコールの手をジタンが押さえ付ける。とはいっても上から重ねた程度だが。がくがくと痙攣する手が痛々しい。
「どうすれば『楽になれる』か、お前はよく知ってるだろ?」
ジタンが己の唾液とスコールの先走りで汚れた口で挑発する。
スコールの濡れた頬を舐めとってやろうと顔を近付け、舌を出す。しかしその舌はスコールの頬に触れる事はなかった。

「───ぐ…っ」
突然身体を反転させられ、軽い目眩を起こす。何事かと問う前に、ジタンの身体は地面に押さえ付けられていた。
地面に押し付けられた肩の痛みと、急に近くなった土のにおいに意識を奪われる。
「あ、うああ───っ」
肩から手が離れ両手で腰を掴まれたかと思うと、何の前触れもなく突き入れられた。
散々唾液で濡らし、自慰で多少は解していたものの、この質量を一気に挿れられるのは痛みが伴う。切れてしまうのではないかとジタンは顔を青くするが、こうなると分かっていて挑発したのだ。歯を食いしばり、悲鳴を押さえ込む。
「は、はぁ…」
「うぁっ、あ…っ」
挿入した時に一度達したのか、急に中の動きが滑らかになった。それでも全く足りないと言う様に、スコールは無遠慮に腰を打ち付けていく。
背中にぽつぽつと落ちてくる雫が、火照った身体に冷たく感じた。


泣きながらジタンを犯すスコールは今、何を想って涙しているのだろう。

解消しきれない熱が苦しいのか。
弄ばれる自分が情けないのか。

こんな事でしか自分を保てず、ジタンに寄りかかり暴力を働く自分が許せないのか。



「─────…」
考えた所で、こんな時のスコールの想いはジタンには読む事ができずにいた。







「……」
沈んでいた意識が浮上する。
ジタンは自分が失神していたのだと気付き、ゆっくりと身を起こした。
地面に擦れて傷を作っていた肩は、丁寧に手当がされていた。剥き出しの下肢は触るのに躊躇したらしく、見覚えのある黒いジャケットがかけられているだけだったが。
「…起きたか」
静かな声をかけられ、ジタンは「ああ」と短く返す。下肢の痛みとだるさに表情を歪めるが、これももう慣れたものだと思う。

「スコール、包帯…」
手当で巻いた包帯。
それが先程の行為で傷口が開いたのか、白い包帯に赤い染みができていた。ジタンの擦り傷には目ざとく気付いて手当をしていたというのに、自分の事は気付かなかったのかと呆れる。
「巻き直してやるから」
ジタンは近くに脱ぎ捨てていたズボンを引き寄せると、それを身につけた。下肢の汚れが気にならなくもないが、今はそんな悠長な事は言っていられない。

こんな屋外で、いつイミテーションが襲ってきてもおかしくはないのだから。


「ケアル、まだ使える奴はいたよな。早いところ合流しようぜ」
スコールの持っている魔法は尽きている。


魔法が使える仲間が生きているかの保証はない。仲間と合流する前に、自分達が『消滅』しているかもしれない。
この傷を癒すことに、何の意味があるのだろうか。



それはどちらの想いであったのか。


ふいに集中が途切れ。
するりと落ちた包帯を上手く受け止めることができずに、それは指に絡みついた。






タイトルは診断メーカーから頂きました。