毛玉に恋した獅子


その身に纏う服が消え去り、露になった肌がピンク色の毛に覆われていく。
青白い光を放ちながら空を駆けて行く姿は神々しさすら感じさせる。スコールは宙を舞うピンク色の獣に心を奪われ、その姿を目に焼き付けんばかりに見つめた。

一定量のフォースを身体に溜め込むと起こる変化。
スコールの場合は手にする武器に変化が起きる。それと同じ事なのだろう。ジタンは自身の身体にそれが現れた。
『トランス』と呼ばれるそれはジタンだけではなくティナにも起きる現象であり、頭に星が出現する奇抜な者が傍にいる所為か、初めて見た時はさほど驚く事はなかった。

愛らしいピンク色に、心を奪われた事を除けば。

金から桃色へと変化した髪。同じ色の柔らかな体毛。赤い瞳はそのピンク色に対し見事な差し色となっている。
その瞳をもっと近くで見つめたい。そう思った時だった。スコールは敵が落下してきた事に気が付いた。すかさずその下へと回り込み、敵を叩き上げる。
「まだ終わりじゃない!」
再び目前へと迫った敵に、ジタンは双剣を振りかざした。



「ナイスアシスト!スコール、ありがとなっ」
地上に降り立ったジタンから青白い光が消えていく。
戦いの中での彼の体毛は針のような鋭さを感じさせるが、光が消えるとふんわりと柔らかな質感へと変化する。スコールはこの瞬間を見るのが好きだった。
ジタンが手を上げ、スコールがそれに応える。
合わさる手の平。
一瞬だけ、手の甲を覆う体毛が触れる。スコールはその柔らかさに目を細めた。



スコールがジタンのアシストを他者に譲らない理由。
当のジタンはスコールの持つ下心に気付いてはいなかった。
スコールはピンク色の獣に淡い想いを抱いている。しかしその獣は戦いの中でしかその姿を現さない。
一回の戦闘の中でトランスをせずに終わる事も多い。スコールは一度たりともピンクの獣との逢瀬を逃したくはなかった。また、他の者にあの可愛らしい姿を見せたくないという独占欲もあった。





「スコールって、いいヤツだよな」
秩序の戦士が集う野営地。
その中心の広場にある焚き火を眺めながら、ジタンがそうこぼした。
「いっつも俺のアシストしてくれてさ。力じゃスコールの方が上だし、すっげー心強い。俺の動きをよく見てくれてるから、戦いやすいし」
それを聞かされているバッツは苦笑を返す事しかできなかった。
バッツはスコールの想いを知っている。ジタンが純粋にスコールに感謝をしている事が、少し気の毒に思ってしまった。

しかし。
バッツは焚き火に木の枝を入れるジタンの横顔を見つめた。
火に照らされているものとは違う赤い色が、頬に差しているのは気のせいだろうか。
おそらくジタンにその自覚は無い。バッツは幼い二人が互いの気持ちに気付くよう祈る事しかできなかった。





しかしそれは唐突に訪れた。
その日ジタンは夕食の途中で席を外し、テントへと戻って行ってしまった。心配した仲間達が何事かと訊ねても、少し疲れただけだからと言うばかりで。
「…じゃあ、ジタンのこと、頼むな」
「ああ、わかった」
火の番であるバッツはテントの様子を窺う事はできない。スコールは一人でジタンの居るテントへと戻って行った。
「…ジタン」
スコールの声に反応し、テントの中の塊がもぞりと動く。ジタンは頭まで毛布をかぶっていた。
「バッツも、いるのか?」
「いや、俺だけだ」
顔だけを出して訊ねてくるジタンに、スコールがそう答える。
暗いテントの中、ジタンの瞳の色が青緑から赤へと変貌している事にスコールは気付いていない。
「スコールだけなら…」
そう言い、ジタンが頭に被せている毛布を下ろす。
その姿にスコールは驚いた。
ピンク色の髪。赤い瞳。毛布の隙間から見えるジタンの身体も、髪と同じピンク色の体毛に覆われている。
ジタンは戦いの中でしか『トランス』をしない筈。スコールが戸惑っていると、ジタンは気まずそうに視線を泳がせた。
「───発情期、なんだ」
「……は?」
聞き慣れない言葉に、スコールはつい気の抜けた声を出してしまった。

人間ではないジタンには、人とは違う身体の習性を持っていた。
それが『発情期』。
発情し、興奮状態になった身体は当人の意思と関係なく、その姿を変えてしまう。

「だめだもう、熱くて…。…スコール…」
「ど、どうすればいいんだ?」
毛布を肩からするりと落とし、ジタンの身体が露になる。可愛らしいピンク色の柔らかな毛並み。やや毛が立っているのは興奮しているからか。スコールはごくりと唾を飲んだ。
「助けて…。お前にしか、こんな事頼めないんだ」
伸ばされた腕。
ピンク色の毛玉が胸に飛び込んでくる振動を感じたスコールは、しっかりとその小さな身体を受け止めた。



さらさらと指から流れ落ちる体毛に相反して、素肌は熱く、しっとりと汗ばんでいる。スコールは夢にまで見たピンク色の獣との触れ合いに、感慨の溜め息をついた。
「ん…っ」
手のひらで胸を撫でると、ジタンが小さく声をもらす。指の動きに合わせるように、逆立つ毛。
たまらなくなったスコールは鼻先を押し付けるように、ジタンの胸へと顔を埋めた。
「スコール…っ、あんまり…」
焦らさないでくれとジタンの涙混じりの声にスコールはすまないと謝り、胸を撫でていた手をジタンの下肢へと滑らせていった。





バッツが二人の関係の変化に気付いたのは、翌日のことである。
テントから出てきた二人の表情はいつもと同じ。しかし、二人の手が仲睦まじく繋がれていたのをバッツは見逃さなかった。
その手は朝食の為に仲間達と合流した際に離れたが、椅子代わりの倒木に座る二人の距離は近い。

やっと二人は想いを交わす事ができたらしい。
そう確信したバッツは特に詮索する事もなく、仮眠の為にテントへと戻って行った。





それからもスコールは変わらず、ジタンのアシスト役についていた。トランスの姿を他の者に見せたくないというスコールの告白に、ジタンはしきりに尻尾を動かしたものだった。
時折、仲間達から離れた場所に移動してはスコールがジタンの尻尾の毛繕いをしている姿が確認され、二人の関係は順調だと誰もが思っていた。
当のジタンを除いては。



「なあ、スコール。俺のこと好きだよな?」
「それは…」
もちろん、とスコールは僅かに頬を染めながら恥ずかしそうにジタンの尻尾を撫でる。
その尻尾に力がこもった。
「…どっちの『俺』だよ?」
低くそう言うと、ジタンは肩を震わせた。
「気付いたんだよ。トランスして勝った時は熱っぽく出迎えてくれるのに、してない時は普通なんだよ、普通!!」
「そ、そんな事は…」
そんな事はないとスコールが言い切れない事に、ジタンは尻尾の毛を逆立てた。手の中の毛の動きにスコールの頬が緩んだのをジタンは見逃さない。

「お前は!俺と、俺の毛と、どっちが好きなんだよ!?」

詰め寄られ、スコールは困ったように眉をへの字に下げてしまった。
ジタンを意識したきっかけは、あのピンク色の可愛らしい獣を初めて見た時。
あの毛に触れてみたいと想いは募る一方で。しかしそれはジタンだからで、同じくトランスで姿を変えたクジャを触りたいなどと思った事はない。そういった意味では、スコールは確かにジタンに恋をしている。
しかし、ジタンの毛に惹かれているのも事実であり、否定をするのは違う気がしてしまったのだ。

怒りによって鋭くなった目に、ピンク色の獣の姿が重なり、このままではトランスしてしまうのではないかとスコールは少し期待してしまう。



この複雑な想いをどう伝えたら良いのか。
スコールは自分の言葉の足りなさに肩を落としつつ、手の中の尻尾を撫でた。