koffie 2


相も変わらずな仕事量にクラウドは溜め息をつき、眠い目をこすった。ここまでくると辞めてしまうのも癪になってくるというものだ。
外は薄らと明るい。一度寝に帰ろうとクラウドは席を立った。
人気の無い薄暗い道にぽつりと明かりが灯っているのは、いつものカフェ。外から中の様子を窺うとカウンターにはジタンの姿はなく、店主と思わしき初老の男性が立っていた。ジタンがいなくなった後もこの店に来る事をやめないのは、仕事後に此処に来てコーヒーを飲む事が習慣となってしまったからである。
熱いコーヒーを喉に流しながら、クラウドは携帯電話を取り出した。電話帳には『ジタン』の文字がある。

あの後、クラウドはジタンと連絡先を交換する事に成功した。電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡す行為はまるでナンパ師のようであるが、それは考えないようにして。
「お客さんとこういう事するのダメなんだ。…だからナイショな?」
そう言ってジタンはレシートの裏に己の連絡先を書き、クラウドにこっそりと渡してくれたのだ。

連絡先の交換をしたものの、ジタンが居なくなった今でも連絡は取り合ってはいない。メールにしても電話にしても、何を書き、話しをすればいいのか分からないまま時間だけが過ぎていってしまった。



それから数週間が過ぎた頃。憎き上司が出張のため、クラウドは久しぶりに自宅での休日を過ごしていた。
こうして自由時間ができると何をしていいのかわからなくなってしまうのは、社畜の証拠だろうか。
たまにはバイクでどこかへ行ってみよう。そう思った時、ベッドの上に放り投げていた携帯電話から呼び出し音が鳴った。
まさか会社からではなかろうか。溜め息をつきながら携帯電話を拾い上げると、クラウドは目を見開いた。

ジタンからの着信だったのだ。

クラウドは携帯電話を落としそうになりながら慌てて通話ボタンを押す。そしてそれを耳に当てると、ずっと聞きたくて仕方のなかった声が聞こえた。
「…クラウド?」
ジタンがカフェを辞めて以来、聞いていなかった声。久しぶりに聞くそれに自然と口元が緩む。
しかしジタンの声は切羽詰まったもので、クラウドは何事かと電話の向こうのジタンに尋ねた。
「今日、劇団の公演日なんだけど…電車が止まってて…。タクシーも捕まらないし、どうしたらいいのかわかんなくて、オレ…」
「…今どこにいる?」

ジタンが劇団に所属している事は以前聞いていた事だった。
その公演日が今日。しかし交通機関が麻痺し、劇場へ行く事ができないらしい。

クラウドはジタンが現在居る場所を聞き出しながら、玄関に置いているバイクのキーを手に取った。



「クラウド!」
向かった先。ジタンが泣きそうな声で名を呼んできた事に、クラウドは心臓を掴まれたような気持ちになる。
「ごめん、オレ…」
「話は後にしよう。急いでるんだろ?」
謝罪の言葉を口にしようとするジタンに、クラウドは己のヘルメットを押し付けた。
「飛ばしていく。しっかり掴まっていてくれ」
「わ、わかった」
バイクの後ろに座ったジタンがクラウドの腰に手を回し、ぎゅっとしがみついてくる。
その体温に鼓動が早くなるのを感じながら、クラウドはバイクのクラッチを切った。





劇場の入口へと走っていくジタンの後ろ姿を見送りながら、クラウドは息をついた。
背中にはまだ人肌の温もりが残っている。
久しぶりの再会だったが、顔もろくに見れないままそれは終わった。暫くその場に留まっていると、観劇の客だろう。入口にはぞくぞくと人が訪れ始め、クラウドは黙ってその場を後にした。



それから数時間が経った頃、自宅へ戻っていたクラウドの携帯に着信音が鳴った。

『幕間だからメールだけでごめん。今日は本当にありがとな。終わったら電話する!』

「……!」
クラウドは思わず口元を手で押さえてしまった。
つかの間の再会。次にまた会う事ができるのは何時の事かと思っていた矢先だったからだ。

舞台の事は詳しくはないが、幕間という事は終わるのはあと2時間ほど先だろうか。
その2時間が、クラウドにはとても長く感じられた。