あずかり知らぬ所で



腕を掴まれ足早に歩き進められると、歩幅の差でジタンは軽く走るような形になってしまう。
その先にあるドアの向こうに見えた室内に、ジタンは己の判断は軽率ではなかったかと少し後悔した。




「クジャ、悪いんだけど手伝ってくれないか?」
ジタンがクジャにそう声をかけたのはその日の昼前のことだった。少し離れた場所にはセシルとフリオニールも控えている。
「魔法に強いヤツに来てほしくてさ」
「……ああ、それで」
この日共に行動することになった三人では戦力に偏りがあり、魔法においては不利だった。先にティナやオニオンナイトを探してはみたが、別件で外しているのか見当たらず、たまたま近くにいたクジャを見つけて声をかけたのである。
「それで、お礼に何をしてくれるんだい?」
「そんな事を言われる気はしてたんだよな……」
「君達に付き合ってあげるんだから、それなりに見返りは貰わないとね」
腕を組みながらそう返してくるクジャにジタンはため息をつく。
「何をして欲しいんだよ。オレができる事しかしやれないけどさ」
「できる事ね……」
クジャは顎に手を当てながらジタンの顔を覗き込んだ。急に接近した顔にジタンは後ずさり、クジャはそんなジタンの頭から尻尾の先まで舐めるように眺めた。その視線に悪寒が走り、尻尾の毛がふわりと逆立つ。
やがてクジャの口が弧を描くように笑みを浮かべると、ジタンにとんでもない内容の要求を口にした。
「じゃあ、一晩君を好きにさせてもらおうかな」

「……は?」

その言葉の意味するものが分からないほどジタンは初心ではない。つい大きな声を上げてしまい、ジタンは慌てて口を押さえ、後方にいる二人の様子を伺った。
幸いジタンの挙動に気付いていなかった様だが、内容が内容なだけにジタンは二人に聞かれぬようクジャに近付き、耳打ちをするように小声で話した。
「なんでそうなるんだよ」
「君が僕に差し出せるものなんてそれ位しかないだろう?」
あっさりとそう言いのけられてしまったが、ジタンとクジャはそういった関係は持っていない。ジタンが悪質な冗談に眉を寄せているとクジャはため息をついた。
「別に僕は行かなくたっていいんだよ」
「う……っ」
他の仲間を探している時間はない。そしてここで頷かなければクジャは本当に同行してくれないだろう。
「……分かったよ」

礼については後で改めて聞き直そう。ジタンはそう思ったが、後の祭りである。



「クジャに来てもらって助かったな」
戦いの後、感心したように言ったのはフリオニールだった。その言葉にセシルも笑顔で頷く。
ジタンもそれには同意した。魔法障壁の展開や効果の高い回復魔法での補助は自分達では出来るものではないからだ。
クジャが文句も言わずサポート役に徹したのは意外だったが、約束をした以上、己の役目はきちんとこなしていたのだろう。世辞を受けているクジャは鼻で笑うだけだったが。
「じゃあ僕達はこれで失礼するよ」
「……ん?」
突然手首を掴まれたジタンがクジャを見上げる。
同じ世界から来た二人だ。セシルとフリオニールは訝しむ様子もなく、立ち止まったジタンとクジャに手を振って応えた。そんな二人の背を見送っていると、掴まれた手を強く引っ張られてしまう。突然歩き出したクジャに理解が追い付かないままジタンは付いて行く羽目になった。


そして冒頭に戻る。



「ク、クジャ、待てって」
クジャに引っ張られるままに連れていかれた場所は、街のような建造物のある場所だった。ジタンに見覚えはなかったが、誰かの記憶の中から作り出された場所なのだろう。
「もたもたするんじゃないよ。夜は短いんだからね」
「まさか……」

『一晩好きにさせてもらう』

交換条件として確かにそう言われていたが、あれは冗談ではなかったのかとジタンが青ざめる。
「まさか忘れたんじゃないだろうね」
「や、約束は守るよ……。でも今なのか?」
今は戦いから戻ってきたばかりだ。互いの疲労を思っての事だったが、その言葉に足を止めたクジャは意に介さない様子だ。
「なおさら今じゃないか」
そんな本能的な事を言われ、中性的な容姿をしているクジャに男の顔を見てしまったジタンである。

クジャは建物の中の一室のドアを開けると、その中に置かれていた大振りなベッドの上にジタンを放った。
「うわ……っ」
乱暴にベッドに押し込まれたが質の良いベッドはその衝撃を柔らかく受け止め、体に痛みが走ることはなかった。後頭部にシーツの肌触りの良さを感じながら、よくこんな場所を把握しているなとは思ったが、相手がクジャだとそれも納得してしまう。彼がテント生活をする姿がいまいち想像できなかったからだ。
ジタンは天井を見上げながそんな事を思っていると、急に首元が軽くなり我に返った。クジャがジタンのスカーフを解いたからだ。そしてそのままベルトの金具に手をかけられる気配を感じ、ジタンは思わずその手を掴んでしまった。
「何?」
「……えーっと」
ジタンの顔を覗き込んできたクジャの銀の髪が、さらりと頬にかかる。間近に迫る顔からつい目を逸らしてしまったジタンは、小声でぽつりともらした。
「その、さすがに初めてだから、優しくしてもらえると助かるな……って」
「初めて、ねえ?」
「……?」
クジャの含みのある言葉にジタンは訝し気な顔をする。彼はそれに答えようとはせず、細い指でジタンの顎を掴むと、その唇に躊躇なく口付けた。
「──……っ」
唇に触れた柔らかな皮膚に、ジタンは思わず肩を震わせる。性的な行為をするとはいえ、あのクジャが口付けまでしてくるとは思っていなかったのだ。
「ん……っ」
唇の合わせを舌先でつつかれると、むず痒いような感覚が背筋を走る。首を竦め、唇に力が入ると、クジャはジタンの顎を掴む手に力を入れて無理矢理口を開かせた。僅かに開いた口に、熱い舌が差し込まれてくる。
「んん……っ」
体重をかけてベッドに押し付けられ、小さな体はベッドとクジャの体の間で身動きがとれなくなる。
舌の裏側をなぞるように舐められると、ぞくりと背が震え、腰にまで痺れるような感覚が突き抜けていく。
「んう……っ」
ジタンはたまらず目を閉じたが、視界が塞がると口内を愛撫する舌の動きがより強く感じるようになってしまうだけだった。
口付けに集中している間に、クジャの手がするりとシャツの中へと侵入する。口内で舌がからめ取られ、合わさった唇から水音が漏れるのと同時に、胸の突起を指先で潰すように撫でられた。その瞬間、ジタンの体が大きく痙攣した。
「────あっ」
反動で重なった唇が外れ、ジタンが高い声を上げる。その声色に自分自身が驚き、かあっと頬が赤くなった。
「可愛い声をあげるじゃないか。そんなに気持ち良かったかい?」
「う、うるさ……ひゃっ」
硬くなった突起を摘み上げられ、濡れた声が上がる。こんな風に触れられて痛くないはずがないのに、そこは痛みよりも快感のほうを強く拾ってしまう。ジタンはそんな自身の反応に戸惑いを隠し切れなかった。
「どうしてって顔だね。まあ感じやすくなるようにしたのは僕だから、当然だけど」
「……何か怪しい薬でも使ったのか?」
「まさか」
クジャはジタンの言葉を鼻で笑うと、指先でジタンの腹を撫でた。
「ん……っ」
「ほら、ここも」
そう言って今度は首筋を舐め上げられる。
「んあ……っ」
滑りを帯びた舌が顎の先にまで到達するとジタンは息を飲み、震える手でクジャの肩を押した。当然、そんなものではクジャを押し退ける事は叶わない。
「昔、君達が僕に捕まったことがあっただろう?」
「え、……ああ」
突然の会話の変化に戸惑いつつ、ジタンはそれが“元の世界”での事を言っているのだとすぐに察した。仲間を人質にとられ、クジャの使い走りをさせられた時のことだろう。
「君を牢に入れる前にちょっと悪戯をさせてもらってね。まあ君はほとんど意識がなかったから覚えていないだろうけど」
「まさか……」
突然始まった昔話がただの思い出語りのはずがない。ジタンはクジャの言わんとしている事を理解すると、それまで熱で紅潮させていた顔がすっと青ざめていった。
「あのとき散々抱いてあげたのに、初めてとか言い出すものだから可笑しくってね。本当に君は僕を楽しませてくれる」
「──〜〜っ!」
あまりの事に、ジタンは言葉も出ない。
あの時は意識を取り戻した時には、シドと共に牢に入れられていた。それより前の事は記憶になく、クジャにそう明かされたところで思い出すことはできなかった。
「だから心配しなくても、君の体は僕をすんなり受け入れるはずだよ」
「うわっ」
クジャは自分の肩を押すジタンの腕を掴むと、乱暴にその体を反転させた。そしてジタンのズボンを掴み、下着ごと膝まで下ろしていく。
「ほらね」
「あ……」
外気に触れたジタンの中心は、既に硬さを帯びていた。クジャに触れられる度に下肢に熱が篭もっていくのは感じていたが、ここまで反応しているとは思っていなかった。
「や、だ、触るな……っ」
「触らずにいて辛いのは君だよ」
「あ、あ……っ」
熱を根元から握り込まれると、先程とは比べ物にならない強さの快感が全身を駆け抜けていく。先端に爪を食い込ませられただけで達してしまいそうになるが、それを阻止するかのようにクジャが根本を強く押さえつけてきた。
「あ、ぅあ……っ」
根本を押さえながら先端を指で擦られ、ジタンの目に生理的な涙が浮かんでいく。
「どうすれば楽になれるかなんて、教えないといけないほど初心でもないだろう?」
「……っ」
その先の行為は、何も覚えていないジタンにとっては未知の領域だ。
しかしクジャの性格を顧みるに、ここで戸惑っていても素直に解放させてくれるとは思えない。ジタンは力の抜けた膝をどうにか立て、毛がすっかり逆立ち、揺らすことしかできなかった尻尾をゆっくりと持ち上げた。
「いい子だね」
背後から衣擦れの音が聞こえ、尻尾の先端が震える。
そして尻尾の下の窄まりに硬いものが押し当てられたかと思うと、それは一気に中へと押し込められた。
「────っ!」
女性を相手にしても挿入の前には濡らす必要があるはずだ。それすらせずに無理やり埋め込まれ、ジタンの体が硬直する。
「痛くはないだろ」
「あ……」
一瞬萎えかけた熱を擦られ、ジタンは思わず中のものを強く締め付けてしまう。
「ま、待って……」
クジャが動こうとする気配を感じ、ジタンは弱々しく懇願するが、それを受け入れるクジャではない。
「あ、あ……っ」
ゆっくりと引き抜かれ、内壁がめくられるような感覚を覚える。
クジャのものは完全に抜かれることはなく、ぎりぎりの所で止められると、再び勢いよく奥へと突き込んできた。
「あ──っ」
その動きで痛みを感じる所か、それを上回る快感に内部の体温が一気に上昇していく。
「言っただろう? 君の良い所は知り尽くしているんだって」
そう言われある一点を擦り上げられると、ジタンの内壁が意思に反して強く収縮した。
「や、やだ、そこ……っ」
「……っ、そんなに締めるんじゃないよ」
「うあ、あ……っ」
お仕置きとばかりに尻尾の毛を逆撫でするように擦られ、ジタンは腰を上げたまま上半身をベッドのシーツに沈み込ませた。強く掴まれたままの熱の根元がきつく、痛みすら感じる。
「も、無理、手離し……」
早く出してしまいたい気持ちが勝り、正気のままならとても口にしないような泣き言にクジャは満足気に口元を吊り上げた。
「いいけど、あんまり早くイくと後が大変だと思うよ」
「いいから……っ」
涙声でそう訴えると、意外にもクジャはあっさりと手を緩めた。そしてそのまま、根本から先端まで指の腹で押されながら擦り上げられる。
「ん、う……」
同時に内側も硬い肉棒で抉るように動かされ、ジタンは手元のシーツをきつく掴んだ。滑りが足りずに痛いはずなのに擦られる度に背筋に痺れが走り、ゆらりと腰が動いてしまう。実際には痛いのかもしれないが、クジャがそれを性感だと体に教え込んでいたのかもしれない。
「あ──っ」
クジャに腰を押し付けられ、一層深く中に入るのを感じた瞬間、ジタンは腰を痙攣させ、シーツに白い液体を零した。
「は、はあ……」
漸く迎えた絶頂にジタンの体から力が抜け、ベッドに体を沈ませようとする。
しかし、下肢はクジャと繋がったままだった。
「────ひっ」
達したばかりでひくつく内部の締りに逆らうように一度引き、再び奥へと押し込められていく熱。体内の分泌物が増えたのか、先程よりも滑りが良くなり、強く締めていてもその動きを阻む事はできなくなっていた。
「ま、待って、まだ……っ」
「僕はまだ出していないよ」
「あっ、あ──っ」
クジャが再びジタンのものに触れ、先端に爪を当てられると、敏感になっている体には快感が強すぎて痛みに涙が浮かぶ。先程から硬くなりっぱなしの胸の飾りに触れられると、ジタンは声にならない悲鳴を上げた。無理矢理高められていく熱に、体の中心が再び硬さを帯びていくのを感じる。
「んあ……っ」
今度は尻尾の付け根を捕まれ、クジャを受け入れている部分に力が篭る。それをこじ開けるように強く中に叩きつけられると、幾度目かの時にジタンの耳元にクジャが息を飲む声が小さく聞こえた。
そして中にじわりと熱いものが広がる感触に、ジタンは身を震わせる。
「ん……っ」
そのまま少しの間動きが止まり、出し切ったクジャが中に埋まっているものをずるりと引き抜くと、今度こそジタンの体はベッドに倒れ込んだ。
(やっと、終わった……)
無理に高められてしまった熱はまだ体の奥に残っているが、これ以上触れられていまうとどうなってしまうのか想像もできない。それなら我慢したほうがマシだとジタンが息を整えることに集中していると、突然視界が回り、視界にクジャの整った顔が飛び込んできた。
「中も十分濡れたみたいだし、さっきよりは楽になるかもしれないね」
「……え?」
ふっと笑ったクジャはジタンの片足を軽々と持ち上げると、露わになった濡れた窄まりに再び己の熱を押し当てた。
「ま、待……」
「君だってまだ足りないみたいだしね」
「〜〜〜っ」

そして再び中が硬いもので満たされていく。
『夜は短い』と言っていたクジャの言葉を、ジタンは身をもって理解させられる事になった。



「…………最悪」
意識を取り戻したジタンは指一本も動かせず、しみじみとそう悪態をついた。
最悪というのは過去に自分の身に起きてい事と、直前に繰り広げられていた痴態などの様々な意味が込められている。
そんなジタンの横でベッドに腰かけているクジャは優雅に茶などを飲んでいた。
「また頼みがあればいつでも聞いてあげるよ。もちろん対価は頂くけどね」
「………………」
深い意味が込められすぎているクジャの言葉にジタンは言い返す気力もなく、そのまま朝まで睡眠を貪ることに決め込んだ。