ツイログ3



・いいねの数だけ8さんが9さんにキスをする



朝の日差しがテントに降り注ぎ、テントの中がうっすらと明るくなっている。
テントの中には畳まれた毛布がふたつ。そしてこんもりと山になっている毛布がひとつ。その毛布からは尻尾がはみ出しており、ぱたぱたと地面を叩いている。今日は早朝に動く予定がなく、バッツとスコールが起きだしてからもジタンは惰眠を貪っていた。
「おい」
そんなジタンを起こしに来たのはスコールだった。テントの幕をめくり中を覗き込んだスコールは、毛布から尻尾だけ出しているジタンを見て大きくため息をつく。
「近くで“ひずみ”を見つけた。今日は予定変更だ」
「ええー……」
スコールの言葉にジタンは毛布から顔を出すと、悲痛な声を上げた。今日は久しぶりにのんびり出来ると思っていたのだ。
そのまま毛布から出ようとしないジタンに痺れを切らし、スコールがテントの中へと入っていく。そして無慈悲にも毛布を剥がされたジタンは、寝癖のついた髪をかきながら上半身を起こした。
「今日はやる気出ねえよ」
「なくても起きるんだ」
スコールに引く気はないらしく、毛布を持ったままジタンを見下ろしている。頭の固いスコールからどう逃げようかぼんやりした頭で考えていたジタンだったが、別の方法に気付いて尻尾を立てた。
「じゃあ、キスしてくれたらやる気出す」
「……なんだって?」
「キスしろよ」
ばさりと毛布を落として固まったスコールの足に尻尾を巻き付け、ジタンは座ったままスコールに手を伸ばす。スコールは赤くなった顔を隠すように手で口元を覆うと、見上げてくる青緑の瞳から目を逸らした。
「いつも、したいときは構わずしてくるだろ」
「するのとされるのじゃ全然違うんだよ。するまで動かないからな」
巻き付けた尻尾で足を撫で上げると、スコールの身体がびくりと跳ねる。そして観念したのか、スコールは口を覆っていた手を離すと、差し伸べられているジタンの手を取った。
そして、その指先に唇を落とす。そんなスコールの意外な行動に、ジタンは驚いたように目を見開いた。しかし呆気にとられたのは一瞬だけで、小さい唇はすぐに意地の悪そうに吊り上がる。
「そんなんじゃ、誤魔化されないからな」
「う……」
ジタンは捕まれた手でスコールの腕を掴み返すと、自分の元へと引き寄せた。膝を付き、近くなった顔にスコールの頬が紅潮する。
「!」
そんなスコールの顔が近付いてきたかと思うと、額に柔らかなものが触れる感触がした。額にキスをされたのだ。
そして頬、鼻先へと口付けられると、ジタンはくすぐったさに肩をすくめながら笑ってしまう。最後にその唇にお互いのものが重なり、スコールはゆっくりと顔を離していった。
ジタンの要求を果たし、ほっと息をつくスコールの隙を、ジタンは見逃さない。スコールの首の後ろに手を回すと、今度はジタンから唇を重ねたのだ。スコールがしてきたような触れるだけの口付けではない。小さな舌をスコールの唇の隙間に差し入れ、中にある熱い舌を探り当てる。その舌の裏を舐め上げるように撫でると、ジタンはすぐに唇を離した。
「よし、やる気でた」
「───〜〜っ」
漸く起きる気になったジタンが元気よく立ち上がり、それとは対称的にスコールはその場にへたり込んでしまう。
力が抜けてしまったスコールをテントに置き、外に出たジタンは、朝日を浴びながら尻尾の先まで身体を伸ばした。
スコールが朝食を摂りに来れたのは、その後時間が経ってからである。





 ・たんぽぽ89



数日前にこの場所に拠点を置いてからというもの、スコールは一人でどこかに行ってしまう事が多くなった。一人になるために野営地を離れるのは珍しいことではない。数十分経てば戻ってくるため、特に詮索する者もいなかった。気にしているのはジタンだけである。
「どこに行ってるんだろうな、スコールのやつ」
「え?」
薪に使う小枝を折っていたバッツにジタンが声をかけた。ぼんやりとスコールが歩き去った方向を見つめるジタンにバッツが苦笑する。
「気になるなら行ってみたらいいだろ」
「うーん……」
スコールが一人になりたいのなら放っておいたほうが良いと思い、追いかけるようなことはしていなかったのだが。
しかしバッツに背中を押され、知りたいという欲求のほうが勝り、ジタンは腰を上げてスコールが向かった方へと歩いていった。

そこは野営地からさほど離れてはいなかった。
花畑と言うには迫力に負けるが、タンポポやシロツメクサが群生している場所だった。この付近は野花が多いとは思っていたが、こんな場所があったとは。辺りを見渡せばスコールはすぐに見つかった。タンポポが特に多い場所に座り込んでいたのである。
スコールは特に何をするでもなく、タンポポを見つめたり時折花弁を指で突っついていた。行動の意図をはかりかねたジタンはスコールの元まで行って声をかける。
「スコール、何してるんだ?」
「……ああ、来たのか」
そこで漸く気付いたのか、スコールは顔を上げた。
「たんぽぽを見ていた」
「たんぽぽ?」
再び視線を落としたスコールに、ジタンもその場に座り込む。
「たんぽぽが好きで眺めてたのか?」
「ああ。たんぽぽは別名、ダンデライオンと呼ばれている」
「ライオン……」
スコールのライオン好きは知っていたが、それがタンポポにまで向いていたとは。
「それに……」
ぷつりとタンポポを一輪摘み取ったスコールは、その花をジタンの髪に挿した。
「これはあんたの色だ」
「───!」
ゆっくりと離れていく大きな手を目で追いながら、ジタンはほのかに頬を染めた。
「な、なに言って……」
「その瞳の色によく似合ってる」
穏やかな笑みを浮かべながら頬に触れてくる手が冷たい。
それはスコールの手が冷たいのではなく、ジタンの頬が熱くなっていたからだ。



「あれ?」
スコールの元に向かっていたジタンが機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら戻ってきた。
すぐ近くに来るまで気付かなかったが、その髪には先ほどまではなかったたんぽぽの花が飾られている。どうしたのかとバッツが聞くと、ジタンは頬を緩ませてへらりと笑った。
「スコールにもらったんだ。オレに似合うって……」
「…………へーーー」
その一言だけで、バッツは花について尋ねたことを後悔した。確かに似合っているとは思うが、金髪に黄色の花は保護色になって髪飾りには不向きではないかと思う。恐らく、スコールもジタンもそんな事には気付いていまい。
「スコールが来ても別に問題ないってさ。バッツも来るか?」
「え、おれはいいよ」
「そっか。じゃあオレはまた行ってくる」
上機嫌に尻尾を立てながら掛けていく後ろ姿に、バッツはいってらっしゃいと手を振る。
春の季節、とくにたんぽぽの咲く頃にはあのふたりには近付くまい。そんな事を思いながら。





 ・ゼク○ィ (苦学生89ネタ)



四畳半の部屋の真ん中に置かれている貴重な家具、ちゃぶ台。このちゃぶ台でスコールは勉学に勤しみ、食事を取っている。今の生活に欠かせないものだ。
そんなちゃぶ台の上に、スコールに覚えの無い雑誌が2冊置いてある。ジタンが置いたものだというのはすぐに分かったが、問題はその雑誌の内容だった。

本屋でよく見かける、結婚情報雑誌だ。

なぜそんなものが。スコールはレンズの分厚い眼鏡を外し、服の端で拭いてから再度かけなおしたが、何度見てもそれは結婚情報雑誌のゼク○ィで。
ちゃぶ台の前に腰を下ろし、正座をしてページを捲ってみる。ドレス姿の女性が万遍の笑みを浮かべている写真が載っていた。
(結婚……)
学生の身分であるためか、結婚の事は考えてもみなかった。SeeDになったらもっと広い部屋に引っ越して、普段苦労ばかりかけているジタンに楽をさせてやれる。漠然とそう思ってはいたが。
勉学に集中するためにジタンとははっきりとした交際宣言をしているわけではないが、想いあっている事は鈍い自分でも気が付いている。ジタンもそうだろう。

ならばこれは今後の自分達についての意思表示ではないのか。

スコールは再びページを捲ってみたが、すぐに閉じてしまった。
目に飛び込んできた、人気の結婚式場の費用。視界に残った残像を頼りにゼロの数を指折り数えてみて天を仰ぐ。孤児院で育ち、独立してからずっとこんな暮らしをしている自分には世界が違いすぎる金額だった。更にドレス代や披露宴の費用が加わるとなるとどれだけ金額が跳ね上がるか想像もつかない。
SeeDになれば収入はぐんとアップする。そこから費用を貯蓄すればなんとかなる。もう少し待っていてくれとジタンに相談しよう───そう結論が出た時だった。玄関の扉が開いて、部屋の裸電球に明かりが点されたのだ。
「なんでこんな暗い所で正座してるんだ? また目が悪くなるだろ」
長考しているうちに日はすっかり傾いてしまっていた。薬局のおまけでもらったエコバッグに野菜を入れたジタンが帰ってきたのだ。なお、エコバッグを持参すると会計時に2円引きになるので愛用している。
「あ、ごめん。邪魔だったよな」
テーブルの上に雑誌を置いていた事を思い出したジタンはずしりとした重さのそれを持ち上げると、キッチンへと持っていった。
「今日、きゅうりの詰め放題があったからさ、漬物にしようと思って重し代わりにもらってきたんだよ」
「漬物……」
エコバッグに目をやれば、小さなビニール袋にぎっちぎちに詰め込まれたきゅうりが見える。今朝ジタンが野菜が安いと喜んでいたことを思い出した。確かに分厚い雑誌は重しになるだろう。
「な、なんか勘違いさせちまったかな」
大きくため息をついたスコールの前にジタンがしゃがみこみ、苦笑いをする。それにスコールは何かを言いかけて口をつぐむと、眼鏡を外してジタンの手を取った。
途端に霞んだ視界の中、至近距離にいるジタンの顔だけがはっきりと目に映る。
「まだ時間はかかるが、いつかあんたの家に恥じない式を挙げてやる」
「───」
ジタンは今でこそスコールの為に貧しい生活をしているが、国内有数の財閥の次男坊である。ただの貧乏学生である今の自分ではつり合うはずもない。しかしこの生活を脱すれば胸を張って彼の立場と向き合えるはずだ。
スコールの言葉にジタンは呆気に取られていたが、ぷっと小さく笑うとスコールの手にある眼鏡を取り上げ、眼鏡を掛け直させた。
「スコールって時々、色々順番すっとばしてプロポーズみたいな事言うよな」
「……っ、そんなつもりは…!」
「わかってるって」
ジタンは笑う口元を押さえながら立ち上がってキッチンへ足を向けた。その一瞬、彼の頬が赤くなっていた事は見逃していない。
スコールから離れていく身体の最後に、長い尻尾がふわりと頬を撫でた。