チョコの日


「チョコお?」
育ての親である、大きいジタンの気の抜けた声に、小さいジタンとスコールは真剣な顔でこくこくと頷いた。
「レディじゃあるまいし、いいトシした男同士で友チョコもないだろ」
予想通りの答えに、二人の小さな肩ががくりとうなだれる。

レオンに保護され、ここに連れてこられた時、大きいジタンはそれを当たり前のように受け入れ、当たり前のようにレオンと共に二人の面倒を見てきた。
だから最近まで2人は夫婦なんだと信じて疑わずにいた。ただの友達だと言われた時のショックといったらなかった。子供の目から見ても、二人は特別にしか見えないというのに。
なにより“両親”が“ただの友達”という関係でいるのは、子供心にひっかかるものがあった。大好きな二人には、特別な関係でいて欲しかった。
だからバレンタインを利用してきっかけができればと思ったのに、当の本人がこれでは。

「レオン、喜ぶと思うけど…」
「あいつ甘党じゃないぞ」
「うっ…」
口下手なスコールが必死に絞り出した言葉もあっさりと打ち返される。そのスコールの横で、ジタンもまた頭をフル稼働させていた。
「そ、そうだ、チョコ!おれたちチョコたべたくって…」
その言葉に「え?」と言いかけたスコールの口をジタンが慌てて塞ぐ。
「レオンに作ったチョコの余りもらえたらいいな〜って、思ってたんだ」
なー、スコール!と冷や汗をかきながら必死に笑う。嘘が見透かされやしないかとドキドキしていたが、意外にも育ての親は納得したようだった。
「ああ、だからそんなにバレンタインにこだわってたのか」
「う、うん…」
曖昧な答えを返しながらスコールを肘で突っつくと、スコールはハッとしてジタンと一緒に首を縦に降る。
「うーん。そういう事なら、いっか」
ようやくその気になってくれた事に、ジタンとスコールは顔を見合わせる。手と手を取り合って喜びたい所だが、せっかく乗り気になってくれたのに不審に思われては意味が無い。
他の仲間達がすでにサジを投げた2人の関係に、ようやく終止符が打たれる。
そう思ったが、次の瞬間にそれはあっさりと打ち砕かれた。
「レオーン、チビたちがチョコ食いたいって!」

ちがう。そうじゃない。

二人の心の声が、音も無く木霊した。







二人の間にちょこんと置かれた、可愛らしい箱が2つ。
育ての親たちは仲良くチョコを用意してくれた。ただしそれは子供達のため。
余った材料でお互いの分も作っていた様だが、それでは意味がないのだ。
「…そもそもトモダチとコイビトって何が違うんだよ…」
半ば自棄になりながらジタンは箱の中のチョコを頬張る。
コイビトが結婚するとフウフになる。フウフになると子供ができる。自分は二人の子供だから、二人にフウフになってほしい。
その前にトモダチからコイビトにならないといけないらしい。それがどういうものなのかジタンとスコールにはさっぱりわからないのだが。
バレンタインのことはバッツから教えてもらっていた。「多分無駄だぞ〜」と言われたが、本当に徒労に終わってしまった。

「チョコ…」
そういえば、とジタンはスコールの持つ箱を見る。
「それ、俺と中身同じ?」
「さあ…?」
ジタンはレオンから、スコールは大きいジタンから渡されていた。
「ジタンはスコールに甘いから、中身多いとか…」
「ええ…っ、だったらレオンだってジタンに甘いじゃないか…」
むう…と二人が睨み合う。両親のことは何処へやら、お互いの獲物に完全に気が移ってしまうあたり、所詮ふたりは子供であった。
スコールが恐る恐る箱を開ける。中には少しいびつな形をしたチョコレートが数個。数はジタンと同じ。しかし作り手の器用さの問題なのか、形は少し…というかかなり違っていた。
そのうちの一つを手に取り口に放り込む。見た目とは裏腹にミルクチョコの優しい甘さが口に広がった。
「味も俺のと同じ?」
「ジタンはもう食べちゃただろ。わかんないよ」
「あ、そっか」
かといってスコールがもらった物を奪うのは気が引けた。大好きな兄を悲しませるような事はしたくない。
(でも確かめたいし、どうしよう)
困った時に浮かぶのは両親の姿。
(あ、そうだ)
スコール、とジタンが手招きをする。
呼ばれるままスコールがジタンに体を近づけると、ジタンの顔が視界いっぱいに入り、口に柔らかいものが触れた。
一瞬の出来事で何が起きたのか分からず目をぱちくりさせる。少しだけ体を離したジタンが難しい顔をしていた。
「やっぱこれじゃわかんないなぁ…。スコール、口開けて」
「え?」
「だから、べろ出せって」
顔の両側を掴まれ凄まれる。スコールは訳が分からないまま、恐る恐る舌を出した。途端にまた近づく、顔。
ぺろっとジタンの小さい舌がスコールの舌を撫で、スコールは驚いて身を引いた。
「あー、まだだってば!」
後ろに身を引いたスコールに伸し掛かるように、ジタンがスコールの舌を追いかけてくる。ほとんど押し倒されるような体制になり動けないまま、口内に侵入してきた舌に翻弄される。2、3度舐められただけだったが、時間が異様に長く感じられた。
「うーん、味も同じっぽい。……って、どした?」
目的が達成できて満足したジタンがスコールの上から退く。しかしスコールは尻餅をついたような体制から動けずにいた。
「どうしたって…こっちのセリフだよ。いきなり何するんだよ」
「ジタンとレオンの真似しただけだよ」
スコールはいつもその現場には居合わせていなかったが、二人がふざけて口を合わせてるのは何回か目撃したことがある。
「だから、何か食べてるのかと思ってさ」
「うーん…?」
スコールが口を押さえて、腑に落ちない顔をする。そんな態度にジタンもだんだん不安になってきた。
「え、違った…?」
ジタンがわからない事をスコールが知っているとは言い難く、スコールは首を横に降った。
「わかんないけど…。でもなんか恥ずかしい」
「………」
赤面するスコールに、ジタンもつられて恥ずかしい気分になってくる。ぐいっと手で口を拭い、その場に座り直した。
「…なんで二人は平気でできるんだろ?」
目を合わせられないまま、床に落ちたチョコの箱をスコールに握らせる。重なった手に、スコールはさらに赤面した。
この恥ずかしい気持ちが何なのか、幼い2人には答えが見つからなかった。