report 2


『剣が欲しい』と訴えてきたスコールは、出会った頃より随分と背が伸びていた。

どんな状況下でこの世界に喚ばれてきたのか、2人の成長は普通の子供に比べ早い様だった。
ある朝起きてみると、服のサイズが合わなくなっていたり。
まだ多くの言葉を使えなかったジタンが、いつの間にか他の大人達とも言葉で意思の疎通ができるようになっていたり。

子供達を戦場に連れて行ったことはなかったが、日々戦いに明け暮れる大人達を見て何か思う所があったらしい。ジタンと木の枝で打ち合い遊んでいる事はあったが、こんな風に実戦をにおわせる事を言うのは初めてのことであった。

この世界で、戦えない者が生き抜いていくことはひどく難しい。常に大人達が守ってやれるとは限らないのだ。ジタンはスコールの申し出に異存はなかった。
しかし最初から刃物を渡すわけにはいかない。ジタンはスコールの体系に合わせ、刃のない大剣を用意しようとした。
しかし「それじゃない」と首を振られ、求められたのは双刀の短剣だった。

それからジタンはスコールに請われるままに剣の扱いを教えてはいたが、自分と同じ戦い方はスコールには合わないのでは、と思っていた。スピードに特化したものよりも、持ち前の体格や力を活かした戦法の方が良いのではないか、と。
「なあスコール。俺よりもレオンに教えてもらったほうがいいんじゃないか?」
そう言われスコールは剣を弄る手を止め、ジタンを振り返った。
「ジタンに教えてもらうのじゃだめなの?」
「そうじゃないけどさ。自分に合った戦い方のほうがいいだろ?」
「………でも」
どこか不貞腐れたような顔をするスコール。
「レオンは、ジタンの相手で忙しそうだから」
「…うん?」
スコールの言うジタンは小さなジタンの事だろう。
その言葉に、ジタンは首をかしげた。





件の小さなジタンとレオンが自分達のテントに戻った時、二人はテント近くの木陰で休息をとっていた。
「おかえり」
そう迎えるジタンの膝を枕に、マントを掛けられ気持ち良さそうに眠るスコール。その姿を見た小さなジタンはムッとした表情をし、レオンから降りると二人の元へ歩み寄った。
そして眠るスコールの髪を掴み、引っ張った。その行動にジタンがギョっとする。
「こら、ちび!!」
直ぐに手を離させ注意すると、ジタンはますます機嫌を損ね、足早にテントに戻って行ってしまう。
強く引っ張ったわけではなかったのか、スコールはそれに気付く事なく寝息をたてていた。


レオンがテントの中を覗くと、ジタンは隅で丸くなっていた。
先程まで楽しそうにはしゃいでいたかと思えば突然拗ねて不機嫌になる。そんな子供の気まぐれさには未だに慣れることがなく困惑する。
「ちび」
呼びかけると小さな尻尾が不機嫌そうに降られ、地面を叩いた。
「…ちびじゃない」
「…ああ、そうだな。ジタン」
そう呼び直すと、ようやくこちらに視線を向ける。尻尾は力なく地面を滑り、自身の身体を巻くように丸まった。
「何故あんなことをしたんだ?後できちんとスコールに謝るんだ」
「…やだ」
「ジタン」
やや低くなった声に、丸まった尻尾の毛が逆立つ。これはジタンが悪い事をして怒る時の声色だった。
「何故、あんなことをしたんだ?」
それでもレオンは声を荒げて怒るような事はしない。常にジタンの言い分も聞き、諭してくれるのが常だった。
「俺、あんなふうに寝たことない」
「あんなふう?」
そこでレオンはテントに戻った時の事を思い出す。
ジタンが突然怒り出した時、スコールは養い親のジタンに凭れて眠ってはいなかったか。
「お前だってあいつに抱かれて眠ってた事はあるだろう」
「知らない。覚えてない」
物心がついたかどうかの頃の事なので覚えていないのは仕方がないにしても、大きいジタンにも懐いていたはずだというのに、この変貌は何なのだろうか。






深夜。子供達が深い眠りについた頃、レオンはジタンに昼の事を伝えた。
「しないもなにも、ちびのほうが俺から逃げてるんだよ…」
そう言い、困った顔をした。
「お前のほうこそどうなんだよ。最近スコールと一緒にいないみたいだけどさ」
「………俺のほうも逃げられている、な」
思い当たる節があるのか、レオンは額に手を当て溜め息をついた。ジタンの相手をしている時にスコールの視線を感じる事は多々あった。しかしそれに気付き、声をかけようとしても逃げられてしまうのだ。
それだけではない。
「最近、二人で遊んでいる姿も見ないな」
少し前までは二人で手を繋いで歩いている姿をよく見たものだった。ジタンの意味のなさない我侭に困った顔をして宥めるスコールに、周りの大人達は幼い兄弟を見るかのように微笑んでいた。それが二人が目に見える成長をし始めた頃 ージタンの物心がついた頃ー だろうか。急に距離をとるようになってしまったのだ。
それでもお互いの事は気になるらしい。養い親にくっついている姿を見ては、不機嫌そうな顔をする。時にはジタンが尻尾でスコールを叩いたり、喧嘩に発展してはそれぞれの親の元へ泣きついている事もあった。
一体、二人に何があったというのか。
ジタンとレオンは子育ての難しさに直面していた。






ジタンが他の仲間に捕まっている頃、スコールは一人で小さな岩に座り、ぼうっとしながら小降りの剣を弄っていた。
いつまで経ってもジタンのように上手く扱うことができないでいる。
どうすればいいのか。何となくわかってはいたが、それを解決するのは酷く勇気のいる事だった。
自主練を諦め剣を横に置いた時、遠くに小さなジタンの姿がある事に気付いた。何を目指しているのか、一生懸命走っている小さな身体。
(危ないなあ…)
身体が走るスピードについていけていない。当人は気付いていないのだろうが、時々足がもつれているようで見ていてハラハラした。
今までは自分が側にいて、転ぶことがない様に手を引いてあげていた。

いつからこうなって、自分も何が面白くないのか分からない。決してジタンを嫌いになったわけではないのに、時々すごく憎らしくなってしまう。

「あっ」
小さな声にスコールがハッとする。ジタンが転んでしまったのだ。
あんなふうに走るから、と立ち上がりかけて、止めた。レオンがジタンの元へ行くのが見えたからだ。
何やら声をかけて立ち上がるように促している。ジタンが頑張って起き上がるとその身を抱き上げ、頭を撫でてやっていた。
スコールはそんな光景から視線を反らす。
自分が転んだ時、あんなふうに抱き上げられた事はあっただろうか。
そんな覚えはなかった。それは周りが気付く前に自力で起き上がって何でもないように振る舞うせいではあったけど、何だかとでも悲しかった。










その日、大人達が集まり、何やら話をしている様だった。
その緊張に張り詰める空気に子供が入って行けるはずもなく、スコールとジタンは少し離れた場所からその様子を見ていた。
カオス、イミテーション。 よく聞く言葉だったが、その意味はよくわからない。その言葉が出る度に大人達が怖い顔をするから、あまり良いものではないという事だけはわかっていた。
やがてその中からジタンとレオンが抜け出し、二人の元へやってきた。
「二人とも、俺たちは出かけないといけなくなったから、仲良く留守番できるな?」
「るすばん…」
聞き慣れない言葉に小さなジタンが不安そうな顔をする。これまで親代わりの二人が同時にいなくなるというのは一度もなかったことだ。
「スコール、ちびの事頼むな」
ジタンに撫でられながらそう言われ、黙って小さく頷く。
去って行く背中を見送っていると、自分の手に小さな手が触れてきた。
見ると小さなジタンが泣くのを我慢しているのか、顔を強ばらせながら二人が去ったほうを見ている。
スコールは自然と、その手を握り返していた。




キャンプ地を離れたのは全員ではないが、数人を残すだけで、いつもは活気のあるそこは静まり返っていた。ティーダが遊ぼうと声をかけてきてくれたが、そんな状況ではない事はスコールにもわかっていた。申し出を断り、スコールはジタンの側にいた。ジタンもスコールの側を離れようとはしなかった。
こんなふうに寄り添って過ごすのはどれだけぶりだろう。
「ジタン、邪魔にならないようにテントに戻ろう」
「……うん」
大人達に気付かれないよう、そっとその場を離れ、テントに戻る。
戻ってからは時に何をするでもなく時間が過ぎるのを待っていた。時折ジタンの嗚咽が聞こえ、スコールも寂しくなってくる。
その声の感覚が短くなってきて、スコールがジタンに手を伸ばそうとした時。
突然その尻尾が、つんつんに毛羽立った。
手を伸ばしてきたスコールに驚いたわけではない。ジタンは周りの空気に敏感だった。それを知っているスコールはジタンの手を掴むと、慌ててテントを飛び出した。
「ジタン、はやく!」
ジタンが転ばないよう体重を支えてやりながら走る。ジタンはすでに泣き出しており、半ばパニック状態だった。
大きな音とともにあがる黒煙。
ティーダ達が自分達を呼ぶ声が聞こえる。スコールは黙ってテントに戻った事を後悔した。
声が聞こえる方向へ走る。しかしそれを防ぐかのように、“なにか”が二人の前へと降りてきた。
それは人のようで人ではない、仲間に似ているようでそうではない“なにか”だった。ジタンの泣き声が悲痛なものになり、その尻尾は可哀想なほど怯え震えている。先程のテントで察知したのはこの気配だったのだと気付く。
スコールはすぐに進路を変更しようとした。
しかしその動きについて行けなかったジタンが転倒してしまった。その衝撃で、離れてしまう手。
“なにか”は身動きがとれなくなったジタンに狙いを定めたらしい。小さな身体に、凶器が降り上げられる。
「ジタンに、さわるな…!!」
戦地に赴く二人にジタンを任されたのに。
右も左もわからない、知らない地に迷い込んだ時に支えになってくれた、その存在を傷つけさせたくはなかった。

ジタンの前に踊り出たと同時に、額に衝撃が走る。ジタンの自分を呼ぶ叫び声と、顔を流れるどろりとした液体に、切られたのだとわかった。
スコールはそれに構わず、近くに落ちていた木を拾いあげた。
一本の長い枝だ。それはいつも使っている双刀の剣より不思議と手に馴染んだ。
無意識に父親の姿を思い浮かべていた。
レオンはどんなふうに戦っていただろうか。
実戦を見た事はない。しかしジタンや他の仲間と手合わせをしている姿は目に焼き付いていた。


スコールは木に体重を乗せるかのように勢いよく枝を振り上げ、敵の武器をなぎ払った。
地に落ちる凶器に、敵に隙ができる。
しかし子供の一撃に倒れるような相手ではない。スコールは自分の血に視界を奪われそうになりながらも、敵から発せられる殺気を感じとっていた。
手の中で光るのは魔法だろうか。
スコールはジタンを庇うように立ち、その身を襲うであろう一撃に耐えようとした。


しかしそれは訪れず。
血が入り痛む目を必死に開けると、そこには敵を一刀両断するレオンの姿が見えた。



「大丈夫か」
すぐに剣を収め、レオンは足早にスコールの元へ向かう。そして子供の額から流れる血に顔を歪めた。
「レオン…」
すぐに額に乾いた布が押し付けられた。焦っているのかその力は強く、痛いくらいだった。
「大丈夫だ。出血のわりに傷は深くはない…」
止血をするとそのまま抱きしめられる。優しく背中を叩かれるとスコールの身体の力が抜け、手に持っていた枝が音をたてて地面に落ちた。
途端に震え出した子供に、レオンが目を細める。
「よく頑張ったな。さすが、俺の息子だ」
その言葉にスコールは溢れ出すものを止めることができなかった。
自分を抱きしめる大きな背中に手をまわすと、大きな声で泣き始めた。



レオンがスコールを助け出したと同時に、ジタンの視界に黒い影が映った。
震える身体が、黒く柔らかい布で包まれる。
「ジタン、大丈夫か?」
見上げる間もなく抱きしめられ、ジタンは驚きに目を見開いた。
自分と同じ金色の髪が流れ、頬をくすぐる。
「怪我は、ないか?」
黙っていると腕を解かれ、身体を確認するかのように撫でられる。転んだ時にできたかすり傷以外に大きな外傷はなく、黒いマントを身につけているジタンは安堵で泣きそうな顔をする。
「痛いところは…?」
見た事もない表情でそう聞かれ、小さいジタンは黙って首を振る。
「…よかった」
こつんとおでこを合わせると、再度抱きしめられる。
「俺たちのテントがめちゃくちゃになっててさ…。そこにいたらどうしようって思ってた。でも、お前ならスコール連れて逃げてくれるって信じてたよ。お前も、よくがんばったな」
「……っ」
小さな手がジタンの黒い服をぎゅっと掴む。


子供達の泣き声に、他の仲間が集まってくるのは間もなくのことであった。






キャンプ地に残っていた仲間達が二人に頭を下げているのが見える。
ジタンはその顔を上げさせると、その場をレオンに任せ、立ち尽くしていた小さなジタンの元へと向かった。
イミテーションではない、カオスの何者かが近くにいるという情報に、年長者である二人がその場へ向かうパーティに選ばれたということ。しかしそれは囮で、敵の目的は手薄になったキャンプ地であったこと。
そんな単純な手にひっかかった自分達を悔やんでいた。
しかしそれ以上に言い辛い事があるのか、ジタンは少し黙り、間を置いて小さなジタンに告げた。
「隠しても仕方がないから言うけどな。スコールの傷、本当にたいした事はなかったんだ。もう血は止まってるしな。ただ、痕は残るかもしれないって」
「……」
伝えられた内容に、ジタンの尻尾がぺたんと地に落ちる。
「ちび、手出して」
ジタンは尻尾の子供の前にしゃがむと、小さな両手を出させた。
その手に乗せられたのは、縦に切れ目が入っている林檎だった。
「…行ってこい?」
頭を撫でられ優しく促されると、ジタンはスコールがいる新しいテントへと駆けて行った。


恐る恐るテントの幕を開けると、先程まで寝ていたスコールが身を起こしていた。スコールは襲撃のショックで熱を出して寝込んでいたのだ。
ジタンは勇気を出してテントに入ると、スコールの隣にちょこんと座った。そして林檎を差し出す。
「くれるの?」
落ち着いた声に、ジタンが頷く。
「ありがとう」
スコールは林檎を受け取り、両手で軽く握りしめる。
ジタンはうつむき、暫くの間沈黙が続いた。
「あたま、いたい?」
「ぜんぜん」
ようやく出した声に直ぐに返ってくる答え。
ジタンは自分のズボンの布をぎゅっと握りしめた。
「あと、のこるって…」
「うん。知ってる」
全く気にした様子のないスコールに不思議に思い、ジタンが顔を上げる。
するとスコールは笑って、包帯に包まれた自分の額を指刺した。
「レオンとおそろいなんだ。羨ましいだろ」
そんな事を言うスコールにジタンが呆気にとられていると、スコールは林檎を2つに割ってジタンに渡した。
一緒に食べよう、と。
二等分の林檎。少しだけ大きいほうを渡されたのに気付くと、ジタンの目にはみるみる涙が溢れ出していた。
ごめんなさい、と、ありがとうを言いながらスコールに抱きつくジタン。

そして、いつまでも泣き止まないジタンに困り果てたスコールが、テントのすぐ外にいた両親に助けを求めてる姿が見受けられた。








早朝。
珍しく早く目を覚ましたジタンは、いつも横に寝ているスコール達がいない事に気付いた。
入り口の幕から、大きなジタンが外を眺めている。
ジタンもその入口に向かい外を見ると、大きな剣を持ったスコールがレオンと何やら話をしている様だった。
「なにしてるの?」
そう訪ねると、聞かれたジタンは微笑み、小さな身体を朝の冷たい空気から守る様に自分の膝の上へと抱き上げた。
「スコールはレオンみたいな剣士になりたいんだってさ。よくレオンを捕まえて、ああやって教えてもらってるんだよ」
そう言うジタンはどこか嬉しそうな顔をしている。
「おれも、強くなりたいなぁ…」
見上げながらそう言うと、レオンより一回り小さい手で髪を撫でられた。
「ああ。ちびならスコールより強くなるんじゃないか?」
「ほんとに?」
ぱっと笑顔の花が咲く。
「スコール、おれのせいで傷ついちゃったから、おれが責任とっておよめさんにするんだ」
だからスコールより強くならなきゃと意気込むジタンに、大きなジタンがぽかんとする。
「…どこで覚えてきたんだよ、そんな事」
腹を抱えて笑い出したジタンに、小さな尻尾もつられて笑い出す。

その笑い声に、テントの外では二人の剣士が不思議そうに顔を見合わせていた。