温かい食卓


「今日は珍しい食べ物があるクポ!」
何か新しい装備品はないかと立ち寄ったモーグリの元で言われた言葉に、ジタンとレオンは顔を見合わせた。
この世界では加工食品や調味料は貴重で、モーグリが気まぐれで仕入れてくる物を買う以外に手に入れる方法はない。それは滅多に店に並ぶことはなく、タイミング良く買えるのはとても運の良い事だった。

腹が減っては戦はできぬ。

買い物はもちろん、狩りや採取にしても、いつでも食料を調達できるとは限らない。できない事が多いくらいだ。
その為、モーグリが食料品を売っていた場合は装備の強化は後回しにしてでも手に入れる様にと、リーダーであるWOLから通達されていた。

「わかった。全部くれ」
「毎度ありクポ〜」
くるくると回るモーグリから、その“貴重な”食料が出現する。
「………これ?」
どさどさと手元に落ちてきた、やや生臭いそれに、二人は呆然とする。
確かに買う以外では手に入らないであろう“それ”は、貴重な物に変わりはないのだが。



その日の食卓に並べられた見慣れない食べ物に、小さいジタンとスコールは目をぱちくりさせる。
摘んできた野菜と薬草のサラダはよく見るものであったが、今日はその上に赤い繊維状の物がちりばめられ、白いマヨネーズがかかっていた。
「これ、なに?」
ジタンが訝しげに赤いものをつつく。スコールは口には出さないものの、不自然な色をしている物体に警戒している様だった。
「カニカマだ」
レオンが答えるが、二人はますますわからないという顔をする。
「カニ…って、何?」
スコールの質問に、大きなジタンやレオンだけでなく、その場にいた仲間全員が固まった。

子供達はこの世界で育ち、この世界での生活しか知らない。己に関する記憶を失い召喚されたが、それまでの一般的な知識は残ったままであった大人達とは訳が違っていた。

一気に悲壮感漂う空気になった食卓。ティナとティーダは目に涙を浮かべていた。
「ま、まあ食べてみろよ。ちゃんとした食べ物だからさ」
「…うん」
ジタンの勧めに、ちび達は恐る恐るカニカマを少量摘み、口に運ぶ。そしてしばらく咀嚼していた二人だが、その顔はみるみる笑顔に変わっていった。
「おいしい!」
「この白いのもおいしい!すごいね、今日はごちそうなんだね!」

「「「……………」」」

ジタンとスコールが未知の食べ物に感動すればするほど、大人達の空気はどんどん沈んで行く。
ただの安いカニカマにここまで喜ぶとは。
思えばこの子供達は、ほとんど味のない、わびしい食事を文句の一つも言わず食べていた。時々狩りや釣りに成功し肉や魚が並ぶことはあるが、常に味付け用の調味料があるというわけではない。何の味付けもしないまま出される事も多かった。

声を詰まらせる仲間をよそに、スコールとジタンは食事を続けていた。
「ジタン、半分あげるよ」
スコールが自分のカニカマを半分、ジタンの皿へと移した。
折角のご馳走。それを弟のような存在のジタンへと分け与えるお兄ちゃんなスコールに、フリオニールが両手で顔を押さえて項垂れる。
「ありがと!お礼におれのもスコールにあげる!」
喜んだジタンは、今度は自分のカニカマを半分、スコールの皿へと移した。
ただお互いのカニカマを交換し合っただけだという事に気付いていないのか、にこにことしながらご馳走を食べさせ合う健気な子供たち。

フリオニールとティナとティーダはひっそりと泣き出し、クラウドは何もない空間をじっと見上げている。
ジタンとレオンはこんなにも良い子に育った二人を誇らしく思う反面、わびしい食事しか与えられない自分達を恥ずかしく思った。


二人は再びモーグリの元を訪れていた。
ふよふよと浮かぶモーグリに何か食料はないかと訊ねるが、昨日のカニカマが最後で今はないという。
普段であればそこで諦めていた。しかし今回は引き下がらなかった。
風船のような小さな生き物をレオンが鷲掴む。モーグリの気の抜ける声色の悲鳴があがった。
「ほんっっとうに、無いんだな…?」
拘束されたモーグリに、ジタンが笑顔で詰め寄る。
「ないクポー…」
「本当に?出し惜しんだりしてたら……後悔するぜ?」
ニタァと笑うジタンにモーグリが怯え出す。
若い頃に裏の世界で生きてきたというのは伊達ではないらしい。レオンですらそうそう見る事のない顔だった。
「わ、わかったクポ。とっておきを出すクポ…」
「…やっぱりあるんじゃねーか」
チッと舌打ちするジタンには異様な迫力があった。

そうして出てきたのは、一つの缶詰だった。薄めそれに、蟹の絵柄が描かれている。
「蟹缶クポ。お値段は30000KPクポ」
「さんまん!?カニカマは6KPだっただろ!?」
「これ以上はまけられないクポ〜」
レオンに掴まれたままモーグリがそっぽを向く。そして一度ジタンの手に乗せられた蟹缶がすっと消えた。
「くそ、足元見やがって…」
じりっと迫り来るジタンに、モーグリだけでなくレオンも引き気味だ。

モーグリに伸ばされた手。しかしそれはモーグリに届く前に止められた。
マントを引っ張られる感覚に、ジタンは後ろを振り返る。そこには泣きそうな顔でマントを掴むジタンとスコールの姿があった。
「僕たちそんなのいらないよ」
「だから、モーグリいじめないで」
いつから見ていたのか。必死に縋り付く二人に、ジタンが我に返る。
見上げてくる四つの瞳に、ジタンはいつもの穏やかな表情に戻り、レオンは掴んでいたモーグリをそっと離した。
ようやく自由になったモーグリがくるくると空を舞う。
「なんて良い子たちだクポ…。そんな良い子にはご褒美をあげるクポ!」
モーグリの頭にある触角めいた物体が光り、その光の塊がジタンとスコールの手元へ降りて行く。そして二人の小さな手の平に、溢れんばかりの飴玉が落とされた。
わあっと歓声をあげる子供達をジタンは微笑みながら見守り。
「……まだ他にも隠してたんだな」
と、ちび達には聞こえない小さく低い声で、呟いた。



テントの中で、ジタンはムスっとした顔をしていた。
「…レオン。おまえ笑い過ぎ」
「いや、まだまだ知らない事があったと思ってな…。ククッ…」
「…………」
昼間に見せた姿がよほど可笑しかったらしい。
自分がどんな幼少時代を過ごしてきたか、かいつまんで話したことはあるが、その当時を匂わせる行動をすることはこれまで滅多に無いことだった。
話を聞くだけではわからない姿。思わぬ所でそんな醜態を晒してしまい、ジタンは自分の失態に頭を抱えた。


「ジタン、レオン。ごはんだよ」
テントの外からかけられた、可愛らしい声。
呼ばれた二人がテントの外を覗くと、小さなジタンとスコールがいた。二人の手をひっぱり、早く早くと急かす。
「今日はおれとスコールが手伝ったんだ」
「そうか、偉いな」
大きな手で撫でられたジタンが嬉しそうに笑う。
今日は特に収穫がなかったのか、いつもの薬草や保存食が並んでいた。
それでも小さな子供達は楽しそうにそれを口に運ぶ。
「みんなで食べるごはんは、おいしいね」
天使のような笑顔で無邪気にそう言う子供達に、今度はWOLが目頭を押さえ始めていた。





何故カニカマかというと、そういう夢を見たからです…。