生活の知恵


朝も早く、とは言えない時間。
近頃はカオス側の動きもなく、新たな歪みも発生していないため、秩序の戦士達は思わぬ形で手に入っていた休日を楽しんでいた。
思い思いに貴重な時間を過ごす戦士達。それはジタンも例外でなく、もう昼とも言える時間であるというのに、未だ毛布から出ずに惰眠を貪っていた。
「いい加減に起きたらどうだ…」
レオンが毛布越しに体を揺するが、返ってくるのは生返事ばかり。「もうちょっと〜」と気の抜ける声に、揺する手を尻尾で払いのけるに至っては、呆れて声もでない。

戦闘が続いている時は寝ているのかと不安になるほどだというのに、一度気を抜くと別人のようにだらけ始めるのだ。
レオンは普通に起こすことを諦め、寝ているジタンの横に手を付き顔を近づける。
そしてそのままーー鼻に噛み付いた。
「いっ…!?」
乱暴な起こし方にジタンが飛び起きる。
さすがにそのまま寝続ける気にはならなかったらしい。ぼうっと半分寝たまま目を擦っている。
「………」
「………」
ジタンを起こす事に成功したものの、レオンは無言だった。
レオンはジタンと見つめ合っていた。…小さいほうのジタンと。
いつの間にかテントに入り、両親の側にいたらしい。

両親の中が睦まじいのは子供の教育にも良い事だ。
そう自分に言い聞かせようとしたが、今のはどうなのだろう。しかも小さなジタンは何故か納得したような顔をしている。
きっと『正しい人の起こし方』として認識してしまったのだろう。レオンは言い訳の言葉も思い浮かばず、今後被害にあうであろうスコールに心の中で詫びた。ジタンがスコールより早く起きる事は滅多にない事ではあるが。

「あれ、ちびどうしたんだ?」
隣で固まっているレオンの心中など知る由もないジタンは、自分を覗き込んでいる小さなジタンに、寝ぼけながら声をかけた。
ジタンも何をしに此処へ来たのかを思い出し、はっとする。そして養い親のジタンがいる毛布の上に身を乗り出した。
「あのね、スコールの服がへんなんだ」
「服?」
服が変、とはどういう事なのか。
ジタンとレオンはテントを出てスコールの元へと向かう。スコールはいつもと変わらない服を着ていた。
しかし、確かに“へんな事”にはなっていた。ズボンの丈が、足りていないのだ。
「スコール、また背伸びたのか?」
ジタンの言葉にスコールは困った顔をする。
「言わなくていいって言ったのに…」
「だって、スコールへんだもん」
レオンの後ろに隠れながら、ジタンがぷうっと頬を膨らませる。ジタンなりにスコールを心配しているのだろう。
「スコールが大きくなるのは、俺もレオンも嬉しいことなんだぞ?」
成長したとはいえ、まだまだすっぽり抱き込める小ささのスコールを、ジタンが優しく腕の中に納める。そして頭を撫でると、スコールは顔を赤くしてジタンに抱きついた。
「ああ、でもこの服はもう直せないから、新しいの買わないとな」
「………またあそこか」
レオンの言う“あそこ”とは、無論モーグリの店の事である。


二人は久しぶりにモーグリの元を訪れた。
「いらっしゃいクポ〜」と言うモーグリは、若干二人と距離をとっている。例のカニカマの件はモーグリにとってトラウマとなっている様だった。
「子供用の服はないか?」
「もちろんあるクポ!マ・○ールの子供服、大負けに負けて67220KPクポ!」
「……。ブランド物とかいいからさ、普通のねえの?」
「ないクポ」
ああもう!とジタンが頭をわしゃわしゃと掻く。
「子供の頃からそんなの着せてたら、ブランドにこだわるダメな奴になっちまうだろ!」
ジタンの言葉にレオンは耳を塞いでいる。
「大人用のマントは?布さえあれば、服くらい作れるからさ」
「あるクポ。…でもお兄さん達、KP足りないクポよ」
「え?」
モーグリが見せたのは、安いマントのはずであった。
指摘されて初めて手持ちのKPを確認してみると、確かに足りない。ほとんど底をついているような状態だった。


そういえば、と思い返す。
ここしばらくの間イミテーションにも会わず、歪みにも入っていない。

つまりはお金を稼げないという訳で。

戦いがないのをいい事にダラダラと怠けていた現実を突きつけられ、二人は引きつる。
「子供の服がダメになっちゃってさ…。もっと負かんない?」
「甘やかしすぎるのは子供の教育に良くないクポ」
「うっ…」
教育の心理を突かれ、ジタンがたじろぐ。
結局何も買えないまま、二人はとぼとぼとキャンプ地へと帰っていった。


仲間に経緯を報告すると、緊急会議が開かれた。
全員が唸るなか、ジタンはレオンにこそこそと声をかけた。
「さいきん母親業に専念しすぎて忘れてたけどさ、俺って本業は盗賊なんだよな。こう、モーグリからちょちょいと…」
「…子供に盗品を着せるつもりか」
「…やっぱダメ?バッツと大道芸とか自信あるけど、観る客がいないんじゃな…。そういえば何もしなくても給料入ってくるんじゃなかったっけ、Seedって」
「俺はSeedはやっていない。だいたい通貨も違うだろう」
「うう…。安定した収入も無い、その日暮らしの情けない両親でごめん、ちび達…」
二人が不毛な会話をしている中、会議は進んでいく。
「まずはお金がないことにはどうしようもないね。一刻も早く歪みを見つけ出さないと」
セシルの言葉にWOLが頷く。
「KPを得ることは勿論だが、皆も出来る限りKPを節約するように。早急に服を手に入れなければならない」
それにスコールが驚いて、WOLを見上げる。
「僕、このままでも大丈夫だよ」
自分の為の会議だとは思わなかったらしい。慌ててそう言うが、WOLは首を横に振った。
「仲間の問題は我々の問題でもある。遠慮などせずに、我々を頼ってきてほしい」
「そうッスよ、仲間に遠慮なんてされたら寂しいっス!」
「…なかま?」
大人達を見渡すと、たくさんの優しい眼差しを返される。スコールはそれに頬を染め、慌ててジタンのマントの中に隠れてしまった。
「こら、スコール。言う事あるだろ?」
ジタンに促され、スコールはマントの中から少しだけ顔を出す。
そして小さな声で「ありがとう」と言った。
そんな愛らしい姿に、たまらず調子に乗ったのはバッツだった。
「水くさいぞスコール!あ、でもお礼がしたいっていうんなら、一回くらい俺に抱っこさせろ?」
「俺もしたいッス!いつもジタンとレオンばっかりズルいっスよ!」
「えっ」
誰にでも懐っこいジタンに比べ、控えめなスコールを抱っこするというのは仲間達にとって至難の業である。
スコールは伸ばされる手に慌てふためき、いっそうマントの中に潜りこみ、ジタンの背中にしがみついてしまった。
小さいジタンもマントに潜り、スコールにしがみついていた。当人は皆で遊んでいるのだと思っている様で。
「もー、いい加減にしろって」
頼りになるお母さんがそう仲間達を制するまで、ちび達は黒いマントの中でもぞもぞと蠢いていた。


「しっかしこれは…」
「ああ。意外と無駄が多いな」
支出について、主に話し合いをしているのはWOL、フリオニール、ジタンの3人であった。
装備品と食料品、それ以外にかかっているKPを洗い出し、纏めたメモを見ながら話し合っている。
「暫くの間、ボール、弓矢、銃などの飛び道具は禁止とする。どうしても使うというのであれば、逐一拾ってきて再利用するように」
「セシル。朝のティータイムは諦めてくれ…」
「ティナはモーグリ目的にむやみに買い物に行かないこと」
「クラウドはワックスの量をもう少し…」
「レオンはシルバー用の磨き布とクリーム禁止。大丈夫だって、真っ黒く硫化しても守備力は変わらないし、死にやしないから」
次々と言い渡される仕分けに、数人が涙を飲んでいる。

これも皆、愛する子供達の為であると言い聞かせて。





数人ずつ交代で歪みを探しにいく中、キャンプ地に残ったメンバー達は、それぞれ倹約に励んでいた。
フリオニールは木の枝を削って矢を作り、バッツとオニオンナイトは海辺の海水で塩を精製している。レオンはやや黒ずんだ布でシルバーを磨いていた。
そんなレオンの元へ、小さなジタンが駆け寄ってくる。
「レオン、これスコールにあげて」
そう差し出されたのは、わずかばかりのKPだった。
「どうしたんだ、これは」
「モーグリのおてつだいをしてもらったんだ。モーグリの所にはティナにつれていってもらったから、あぶなくなかったよ!」
あの浮いているだけの珍獣の何を手伝うというのか想像ができないが、ジタンは大好きなスコールのために頑張ったらしい。
「でもスコールにはないしょにしてね」
実のところ、両親よりジタンに対して過保護な部分があるスコールである。ジタンが自分の為に労働をしたと知ったら、喜ぶどころか、そんな事をさせてしまった自分を責めてしまうということを分かっているのだろう。
「ああ、わかった」
二人の内緒だ。そう言うとジタンはにっこりと笑い、レオンに抱っこを要求した。



やがて歪みを発見したメンバー達が戻ってくると、大人達は一瞬で戦士の顔に戻った。
「…行くぜレオン。纏めて叩きのめしてKPを奪う。アイテムは根こそぎライズだ」
「勿論そのつもりだ。遅れをとるなよ」
「誰に向かって言ってるんだよ?」
ジタンとレオンは視線を合わせニッと笑うと、神経を集中させる。
レオンの持つガンブレードはその姿を変え。
ジタンの金色の髪は白銀へと変化し、その身体が同じ色の体毛に覆われる。
「可愛い可愛いちび達のために、本気出しちゃうぜ!」




一つの歪みをネチネチと攻撃し続ける、コスモス陣営。
その中でもジタンとレオンのコンビは鬼気迫るものがあり、その容赦ない略奪っぷりに本来なら感情のないはずのイミテーションをも震撼させ、暫くの間カオス陣営の語り草になったという。



仲間達の涙ぐましい努力により、手に入れたKP。
服を買いに行きたいと言ったのはティナだった。節約のためにモーグリ断ちをしていた少女も限界だったのだろう。仲間達は快く見送った。




それがスコールにとっての悲劇になる事など、誰も気付かずに。