宝物


「はぁ…」
キャンプ地から少し離れた場所に生えている木の上で、ジタンは尻尾を悄気させて方を落としていた。
「盛大に怒られてたな〜」
「…バッツ」
低い枝から垂れさせていた尻尾をちょんちょんと突っつかれながらかけられた声に、ジタンはその声の主を見下ろす。
「もう子供じゃないんだから、あんなに怒んなくてもいいのにな…」
「子供だろー、十分に。少なくとも、あいつらにとってはさ」
「う…」

先程までジタンは親代わりの二人にみっちりと説教を受けていた。
原因は、ジタンの帰りが遅かったという事。

日が暮れても戻らず、心配したスコールが両親へ相談したのだ。そして深夜に近い時間にひょっこり帰ってきたジタンに、寝ずに待っていた二人から雷が落ちた。時間も時間だった為、説教は翌日へ持ち越しだったのだが。
理由を問われても『宝探しに夢中になってたら時間を忘れた』の一点張りで。
「で、なんで落ち込んでるんだ?怒られたから…って理由じゃないんだろ?」
「………」
くいくいと尻尾を引っ張る手を叩き返しながら、ジタンは難しい顔をした。
バッツは両親とスコールの次に、小さい頃から遊んでいた仲間だった。スコールと違って歳が離れているため、やたらと兄貴風を吹かせてくる。

「お兄さんに言ってごらんなさい〜?で、木から降りてくれると嬉しいな。俺そっち行けないから」
高所恐怖症で木に登ることができないバッツ。ジタンは渋々木から飛び降りた。
「スコール達には言うなよ」
「それは内容によるなぁ」
「…お前なあ。俺は嘘なんてついてないぞ」
そう言い、顔にかかった髪をすくい上げる。
露になった耳元。その耳には石のついたピアスが着けられていた。
「あれ、石がいっこ取れてる?」
「そ。普段は髪に隠れてるから誰も気付いてないみたいだけどな」
もう片方はきちんと三つの石が付いている。左耳だけ石が一つないのだ。
「もしかして、それ探してたのか」
「…だから“宝探し”だって言っただろ」


訓練を重ね、少しではあるが実戦に出る事が許されて暫くが経つ。
その中の戦いで、敵の攻撃が顔のあたりを翳めていった。完璧に避けたつもりだったが、揺れるピアスに当たってしまったらしい。ジタンはその日のうちにそれに気付いた。
現場は今のキャンプ地の近くだが、いつこの場所を離れ、移動するかわからない。深夜に帰ってきた日だけではなく、ジタンはずっとそれを探しに出ていた。
「諦めて新しいの買うんじゃだめなのか?」
そんなに高い物でもないだろうに、そこまでして探さないといけない物なのかと。
バッツの言葉にジタンが表情に影を落とす。
「…特別なんだよ。俺にとっては」
「…ふうん」
バッツは軽く相槌を打つと、すっと立ち上がった。そしてキャンプ地とは逆の方向に歩いていく。
そっちは野営地じゃないと追いかけようとするジタンをバッツが振り返る。
「探すんだろ?俺と一緒なら怒られることもないだろうし、手伝ってやるよ」
「……!」
ジタンはハッとし、急いで立ち上がる。
そして尻尾を揺らしながらバッツの後を追っていった。

ジタンはバッツの手を借り、夕暮れまで周辺を探し回った。
しかし、それを見つけることはできなかった。



それから数日が経つ。
ジタンは先日のように深夜まで帰らないという事はなかった。
しかし毎日のように姿を消す。時々バッツもそれに付いて行き、二人でいなくなる事も多かった。
それをスコールが不審に思わないはずがない。いつも自分にべったりなジタンがあまり近づいて来なくなったのも手伝い、何か機嫌を損ねる様なことをしてしまったのかと思った。
しかし夜に毛布に潜り込んでくるあたり、そうではない様で。
それとなく聞き出そうとしても、ジタンほど言葉が巧みではないスコールだ。適当にかわされて終わりだった。



その日もジタンはいなくなっていた。
後を追おうとしても、いつの間にかいなくなってしまう。この忍び足は誰に似たというのか。
「バッツ」
テントから出てきたバッツをスコールが引き止める。どこかへ行くつもりだったらしいバッツは、スコールの仏頂面を見て「やばい」とでも言いたげな顔だ。
「最近、ジタンは何処へ行っている」
「えー、なんで俺に聞くんだよ」
「俺に言えない事をレオン達に伝えているとは思えないからな。だけど、お前は別だろう」
「…俺、褒められてる?惚気られてる?」
バッツの態度にスコールがムッとする。しかし答えるまでその場を動くつもりはないらしく。
バッツもいい加減、今のジタンの状況をどうにかしてやりたいと思っていた。
そして、『ジタンごめん』と心の中で詫び、スコールに事情を説明した。




日が暮れる頃にジタンは戻ってきた。
どこを探しても見つからず、今日に至っては近くの池に潜って探していた。水底にもそれらしき物はなく、日が傾くにつれ悪くなる視界に探すのを諦め、濡れて冷えた身体を乾かして帰ってきた。
まだ髪や尻尾が僅かに水分を帯びていて気持ちが悪い。
テントに入るとスコールが不機嫌そうな顔で出迎えた。いつもの仏頂面に見えるが、幼い頃からずっと一緒にいたため、ジタンには些細な表情の変化もわかってしまう。
「どこに行っていた?」
「…宝探しだよ。なかなか見つからなくってさ」
スコールの質問に軽くそう返す。先日から繰り返されているやりとりだが、今まではそれ以上追求されることはなかった。
しかし今回は引く気はないらしい。腕を掴まれ、ジタンはスコールと向き合うように座らされた。
「真面目に答えろ」
「嘘なんてついてないって」
答える気のないジタンの左頬を、スコールの手が触れる。
それにジタンはギクリと身体を強ばらせた。
指に触れる髪に水分が含まれている事を感じ、スコールは眉を寄せた。
そのまま掴んだ腕を引っ張ると、ジタンの身体はスコールの胸にぶつかるように倒れてくる。
「探し物はこれか」
「!!」
髪を上げ耳に触れる。そこにある、石が一つ欠けたピアス。
「ただの安物のガラスだろう」
「…そんな事ない。これは…」
「…俺がお前にやったピアスだな」
「……」
ジタンが泣きそうな顔をして俯いた。


いつだったか、両親の耳に光るピアスに憧れ、ジタンとスコールはお互いの耳に穴を開け合った。
これはその時にスコールから贈られたピアスだった。同じくジタンもまた、スコールにピアスを贈っていた。

こんなふうにきちんとした贈り物をし合うのは初めてのことで、こんな可愛らしい耳飾りをどんな顔をして買っていたのか、想像するだけで可笑しかった。


「水に入ってまで探すものじゃ…」
「それだけの価値があるんだよ、俺にとっては」
スコールがジタンの頬を両手で包むと、ひんやりとした体温がその手に伝わってくる。
ジタンは自分の宝物を軽視された苛立ちでスコールの腕を尻尾で一度だけ叩き、頬を包む手に体重をかける様に項垂れた。
温かい手に涙がこみ上げそうになるのを必死に堪える。もう泣き虫だった子供ではないのだ。
「そのピアスをよこせ」
「…?」
言葉の意図がわからず、ジタンは困惑する。しかし言われるままにピアスを外し、渡した。
「もう探す必要はない」
「…なんで」
ここまで言ってもわかってもらえないのか。
そう思っていると、スコールは荷物から何かを取り出した。
それはブルージルコンの宝石だった。それを失ったガラスの代わりに、ピアスに取り付ける。
「これを代わりにして、我慢しろ」
「これ…」
新たな石が付いたピアスを左耳へと戻す。こうやって着けてやるのは、ピアスを贈った日以来だった。
「バッツをつき合わせてKPを貯めて買った。ただのガラスよりは身を護る効果があるはずだ」
言いたい事はそれではないのだろう。それはジタンには伝わっていて、顔から離れようとする手を捕まえて自分の手を重ねる。
「スコールからの、二回目のプレゼントだな」
大きな手に頬擦りをし、とろけそうな笑顔でジタンがそう言うと、スコールは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「そこまでされたら、これで我慢するしかないよな」
仕方ない、とは口ばかりで、ジタンは嬉しさにスコールに抱きついた。
子供の頃はまだ極端な体格差はなかったのに、いつの間にかジタンの身体がすっぽりと腕に収まるほどまでになっていて。
同じ男として思うことが無いわけではないが、こうして自分を受け止めてくれる力強さは悪くないと思った。
「なあスコール、キスしていいか?」
「な…っ」
そう腕の中から見上げられ、スコールが真っ赤になる。
「…だめ?」
「……う」
いつもはこんな風に意思の確認などせずにキスを仕掛けているジタンだ。その時には抵抗をする事もあるスコールだが、こうやって幼い頃のようにお強請りをされると、途端に弱くなってしまう。
「………、………………わかった」
待つこと数十秒。ようやく出された応え。
ジタンが顔を近づけると、触れる前にぎゅっと目を瞑るスコール。がちがちに緊張している身体に笑いを堪えつつ、先に額の傷に唇を落とし、そして愛しい唇に自分のものを押し当てた。




「お、昨日はよく眠れたか?今日はお宝探しに行こうぜ!」
翌朝、ジタンとスコールがテントから出てくると、真っ先に出迎えたのはバッツだった。朝から子供のように元気だ。
ジタンは目を擦りながらスコールのシャツを掴み、その身にくっつく。
「やだよ。俺、スコールと二人でいたいもん。また今度な」
暫くの間スコールと別行動をとっていたジタンは、離れていた時間を埋めるかのようにスコールにくっついて離れようとしなかった。昨夜もスコールに抱きついたままの状態で眠りに落ちた程だ。
「…へえ。二人とも、誰に借りがあるか、覚えてる?」
変わらず笑顔のバッツだが、その笑顔に黒いオーラが宿っている。

ジタンは探し物を手伝ってもらい、スコールはKPを貯める手伝いをしてもらっていた。返す言葉も無い。

「西に何かがあるって風が俺を呼んでるんだ!」
「…わかった、わかったって」
答えを待たずに歩き出すバッツに、渋々ジタンとスコールが後についていく。

西から吹く風に、ジタンの髪が揺れる。
そこから時折見えるピアスは、左右の石の色合いが若干異なっていてアンバランスだった。
しかしジタンは気にも止めない。これが彼の宝物だという事に、変わりはないのだから。