瞳に映した者の名前
甘ったるい6のお題03(お題配布元;コ・コ・コ

薄暗い歪みの中。ピンクと白銀の閃光が駆け巡り、中に潜んでいたイミテーションを翻弄していた。
所々崩れ、足場が少なく不安定にも関わらず、二体の獣は羽根でも生えているのかと思える程、自在に宙を舞う。
対するのは魔道士のイミテーション。近距離戦を苦手とする相手に、放たれる魔法を避けながら距離を詰めていく。

────このまま一気に叩く。

ピンク色の獣は両手に持っていた武器を合体させ、1つの剣にした。そして勢いを落とす事無く、敵の四角に入り込む。

捉えた────そう勝利を確信した、その時だった。

「ちび!!」
突如イミテーションが魔法を発動させた。相打ちを狙ったのか、ジタンが敵を切り裂くのと魔法により辺りが光に包まれるのは同時のことだった。
銀色の獣の姿をしたジタンは直ぐさま子の元へと向かう。中心から放たれる光に目が眩む。そして、ぴろぴろと間抜けな音が聞こえた、気がした。



間もなくして光は消え、人影が現れる。
トランスが解けたジタンが、呆然と立っていた。その横に降り立った黒いマントのジタンもトランスを解き、何事かなかったかどうかの確認をする。ジタンは避ける間もなく魔法を受けていた様に見えたが、外傷は全く無かった。
ならば毒かと青くなったが、それも無いらしい。魔法を受けた当人も訳が分からないという様子だった。


ともかく、歪みのイミテーションは一掃することができた。小さなジタンは岩と岩を身軽に飛び移りながら目的の場所へと向かう。そこには先程のイミテーションが守っていた宝箱があった。
「へへ、お宝ゲット!」
ジタンは自分の顔ほどの大きさのある宝箱を頭上に掲げ、養い親のジタンに見せる。それを見てジタンはやれやれと肩の力を抜いた。




「はぁ…」
仕事を終え帰路につく途中。隣から聞こえてきた溜め息に、ジタンは宝箱を抱えながら尻尾を縮こまらせた。
「何もなかったから良いものの…。後先考えずに突っ込むなっていつも言ってるだろ。それに、トランスまでする様な相手じゃなかった」

今回二人が駆り出されたのは、足場の悪い場所での戦闘を得意としている為だった。歪みの中にある宝箱を回収するというだけの内容である。こんな所で命を落としても、何も報われる事はない。

「でも勝てたし…」
「結果論だろ、それは」
鋭く睨まれて、ジタンはますます身を縮こませる。尻尾だけでなく猫の耳でも生えていたら、その耳はぺたんと伏せていたことだろう。
「だって、テントからここまで結構距離あっただろ。遅くなったら、今日は帰れないと思ってさ…」

つまりは早くスコールの所に帰りたいのだと。
だからトランスをさせてまで敵を倒したのだと。

関係性は違うが、同じく相方を持つ者として気持ちはわからなくもなかったが。

「じゃあスコールがちびに会いたいからって無茶したら、ちびは嬉しいのか?」
「……それは、やだ」
怪我されるくらいなら帰りが遅くなっても良い。
ようやく戦いの興奮から覚めたジタンは、手に入れた宝箱をきつく抱きしめる。
こんな物よりもスコールのほうが大切だと、尻尾を下げた。
「…親にこんな心配させる様じゃ、まだまだ一人前にはなれないな」
垂れた尻尾を、それよりも少し太めの尻尾に絡めとられ、ジタンはその尻尾の持ち主を見上げる。
いつもの、自分を優しく撫でてくれる時と同じ表情に、ジタンは小さな声で「ごめんなさい」と謝った。




二人が仲間の待つキャンプ地に戻ったのは、日もすっかり落ちた頃だった。他の仲間達はすでにテントに戻り、自分達の時間を過ごしている。
人の声が遠くに聞こえる中、中央の焚き火の前にある二つの人影に気付いたジタンは、戦いの疲労も感じさせず、小さな身体を翻した。
「スコール!レオン!」
焚き火の前にいたのは、父代わり兄代わりの二人だった。
「あ、こら!」
尻尾の子が放った宝箱を受け止め呆れるジタン。何のために戦いに出向いたのか、あの子供はわかっているのだろうか。
(まあでも、この為に頑張ってたんだしな…)
今日はもう小言はやめておこうと、ジタンは箱を抱え直した。
そして駆けていった子の後を追い、己の相棒の元へと向かった。

なだらかな坂道を駆け下りてくる小さな人影に、火の番をしていた二人が気付き、スコールは立ち上がった。
予定より早い帰り。しかし頬を赤くして駆けてくる姿に、無事役割を果たして来たのだと安堵する。
あの様子だと駆けてくる勢いのままスコールに飛びついてくるに違いない。スコールもそれがわかっていて、その小柄な身体を受け止める体勢をとった。幼い頃から養われてきてしまった習性である。

案の定、ジタンは飛びついてきた。頬を染め、それはそれは嬉しそうに。
ただし…隣にいたレオンに。

受け止めようとしていたスコールの手が空しく宙に浮く。
一方、不意打ちに飛びつかれたレオンは、こちらもジタンが幼少の頃から飛びつかれ慣れていた為か、なんとかその身体を受け止めていた。
後から追いついてきたジタンが、固まるスコールと後ろのめりになっているレオンとを交互に見やり。
「…なにやってんだ?」
そう、至極最もな疑問を三人に投げかけた。



ちびがレオンに飛びつくのは珍しいことではなかったが、あんなに会いたがっていたスコールを差し置いてレオンの方へと行くのはおかしい。そうジタンは思った。
固まるスコールの横で、ごろごろとレオンに擦り寄るジタン。やがて満足したのか、身体をを少し離すと万遍の笑みで。
「ただいま、スコール」
そう、レオンに言い放った。


沈黙の中、焚き火のはぜる音が空しく響き渡る。
思えば、イミテーションの放った魔法を受けて何も無いはずがなかったのだ。その魔法は確実にジタンの身体を蝕んでいた。
あまり馴染みのない魔法だったので、今の今まで忘れていた。あの、ぴろぴろとふざけた音を発する魔法は────コンフュだった。




「つまり、俺とスコールを逆に認識してるということか」
そう言いながら、レオンはジタンにせがまれるままにその頭を撫でてやっていた。
成る程、確かにいつも自分が撫でている時とは反応が違う。子供っぽさが全面に出た表情ではなく、うっとりと幸せそうな顔をしていた。
「誰か、エスナを使えるやつを呼ぶか?」
「…うーん」
レオンの提案に、ジタンは混乱状態らしい子の様子を見る。これが敵と味方を取り違えているなら大問題なのだが、見る限りレオンとスコールに対して以外に効果は出ていないらしい。
この程度ならわざわざ休んでいる仲間を呼ばずとも、一晩寝て治すほうが人様に迷惑はかからないだろう。それがジタンの見解だった。憮然とした表情のスコールには悪い気はしたが。
「ちび。歪みの報告は明日にして、テントに戻るぞ」
ジタンはマントの結び目を緩めながら一旦テントに戻ろうとした。
「スコールは?」
それに続いて立ち上がったジタンだが、座ったまま動かない“スコール”に気付き、そう声を掛ける。勿論、言われた側はレオンだ。
「今夜は“レオン”と見張りだ。疲れてるだろう。テントに戻って休め」
「えー?じゃあ俺もスコールと一緒に見張りやる!」
そう言うとジタンは再度“スコール”の隣へと腰を降ろした。ここで別々になっては、何のために急いで帰ってきたのかわからない。ジタンは梃子でも動かないとばかりに、“スコール”の腕に尻尾を絡み付けた。
それに対し、“レオン”が何故か不機嫌そうな顔した。
「お前は休めと言ってるだろ」
「疲れてないから平気だって。レオンはジタンと休んでもいいよ」
スコールと夜の見張りをするのは初めてのことではないし、お互いの相棒と過ごせるのであればその方が良いに決まっている。そして心配をかけた親へのせめてもの孝行のつもりなのだ。ジタンにとっては。

それが『相手を取り違えている』状況でなければ、何も問題はなかったのだろう。

「…仕方ない。明日には元に戻ってるだろうし。久しぶりに一緒に寝るか?“レオン”」
「………っ」
幼い頃の話を持ち出され、スコールが赤くなる。ジタンはくすくすと笑いながら、そんな我が子の肩を叩いてテントへと戻って行った。
スコールもそれに続く。途中、何度か焚き火の明かりに照らされる二人を振り返りながら。




見張り番として残ったジタンとレオンは、取り留めもなく今日の話をしていた。主に話していたのはジタンの方であったが。
道中にあった変な形の岩の事や、歪みで戦っていた時の話。何気ない会話だが、その端々に「早くスコールに会いたかった」という気持ちが伝わってきて、仲の良い子供達に温かい気持ちになるのと同時に、今ここにいるのが当のスコールではない事に少しの申し訳のなさも覚えた。

やがて会話は途切れ、沈黙が訪れる。
レオンは腕に触れる髪の感触に気付いた。ジタンが凭れ掛かってきたのだ。
やはり疲れて眠気に負けたのだろう。レオンはそう思いそのままにしてやっていたのだが、どうもそうではないらしい。ジタンは眠ってはいなかった。
「…スコール」
妙に艶を帯びた声色で名を呼びながら見上げてくるジタンに、レオンは固まる。
尻尾で腕を撫でられ、首に腕を回されたあたりでこの非常事態に気付き、レオンは慌ててジタンの身体を押し返した。
「待て、落ち着け」
「…なんでだよ」
ジタンが悲しそうな顔をするが、そんな顔をされてもレオンにはどうしてやる事もできない。
駄目だと言い張る“スコール”に焦れたのか、ジタンはやや強引に身を乗り出してくる。

そしてジタンが諦めずに“スコール”の首に腕を回すのと時を同じくして、ぼかりという音が聞こえた



「ってええ…っ」
頭を押さえ呻くジタンの背後には、毛布を片手に拳を震わせるスコールの姿があった。先程の鈍い音はスコールがジタンを殴った音らしい。
「何すんだよスコール!…って、あれ?」
ジタンは痛む後頭部を押さえながらスコールを睨む。それと同時にレオンに抱きつくような状態でいた自分に気付いた様で、慌てて身を離すと、困り顔のレオンと目の座っているスコールとを交互に見た。
「…あれ?俺なにしてたんだ?」
状況が飲み込めず別の意味で混乱しているジタンに対し、スコールは無言のままだ。
そして何も喋らないまま毛布をレオンに投げ渡すと、ジタンの身体を何かの荷物のように肩へと抱え上げた。
「な、なんだよスコール!おい!」
そのままテントのある方向へと戻って行く二人。ジタンの声が徐々に小さくなっていった。



「…だから最後まで渋ってたんだな、スコール」
二人が去るのと入れ違いにレオンの元へと来たのは、レオンの本来の相方であるジタンだった。
スコールが投げた毛布と自分のマントをレオンへとかけると、自分もその中に潜り込む。スコールがジタンを連れ去った時点で、自分が見張り番に入ることが決定している為だ。
「…自分の子供に一線を超されるかと思ったぞ…」
「さすがにあれは予測できなかった…ごめん」
子供達の関係の変化に全く気付いていないわけではなかったが、決定的な何かを確認した訳ではないので失念していた。ジタンが相手を“スコール”だと思い込んでいる時点で注意しなければならなかったというのに。

疲れた様子のレオンに、ジタンが体重をかけすぎない程度に凭れ掛かる。小柄な息子のジタンとは違って髪が触れるのは肩のあたり。よく知った感触に、レオンの身体の力が抜ける。
「……、……スコール」
しばらくそのまま焚き火を見つめていた二人だったが、唐突にジタンがもらした「名前」にレオンがぴくりと反応した。
「なんだ…?」
「べつに…。随分呼ばせてたなと思ってさ」
「あれは“俺”を呼んでいたわけじゃないだろう」
あのジタンはレオンの本当の名前を知らない。だから意識的に呼べるはずもなく。
ジタンもそれはわかっていた。ただ少し、つまらない嫉妬をしていただけだ。そう自覚があるからか、それ以上は何も言わなかった。

「………呼びたければ呼べば良い」
「え…?」
「お前にだったら、良い」
普段、その名で呼ばれる事を良しとしないのを知っているだけに、ジタンは驚いた。
レオンは肩から離れたジタンの頭を引き寄せ、その身体を抱き込む。近くなった顔に、ジタンの表情が綻んだ。
「……もったいないから、別の機会までとっておく」
それが拗ねた自分への慰めの意味合いがあることはとうにわかっていた。それでもジタンは名前を許してくれたことが嬉しくなる。
見つめ合う二つの影が一つに重なる。
テントで兄に雷を落とされている弟と、焚き火の前で甘い時間を過ごしている両親と。
それぞれの夜が更けて行く。