キスして許して
甘ったるい6のお題01(お題配布元;コ・コ・コ

「スコール。ちょっといいか?」
夕飯に使う薬草の束を運んでいたスコールをジタンが呼び止めた。
ふわふわの毛で覆われた服──もとい、着ぐるみ着たスコールがくるりと振り返る。それだけで思わず抱きしめてしまいたくなる可愛らしさだった。ジタンは伸ばしかけた手を必死に抑え、見上げてくるスコールにくらくらしながら話を続けた。
「KPが貯まったから、新しい服買ってやるよ」
「えっ」
スコールの顔がぱっと明るくなる。しかしそれはすぐに戸惑いの表情に変わってしまった。
「でも、買ってもらったばかりなのに…」
この服を買うために皆がどれだけ頑張ってくれていたか、スコールはよく知っていた。だからこそ直ぐに別の物に変えるというのは心苦しかった。
どこまでも周囲に気を使うスコールに、ジタンは「もう少し我侭言ってもいいのに」と思いながら、立派なたてがみを生やした頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「今はスコールの服分くらいなら余裕あるから大丈夫だよ。本当は、脱ぎたいんだろ…?」
「……」
最近は慣れてきてはいるが、最初に躊躇った時の気持ちは変わってはいない。
スコールは無言でいたが、ジタンにはきちんと伝わったらしい。明日にでも買いにいくからな、とスコールの頭をぽんぽんと叩くと、その場を立ち去った。

そんな養い親を見送ると、スコールは安堵の息をついた。
やっとこの着ぐるみから解放される。
スコールは機嫌良く調理場へのお使いを済ませに向かった。

その道中。突然、小さな塊が勢い良く背中へとぶつかってきた。その拍子に持っていた薬草が腕からこぼれ、ばらばらと音をたてて地面へ落ちた。
「な。なに?」
襲撃してきた物体を確認しようと後ろを見るが、たてがみが邪魔をしてなかなか正体が見えない。
スコールはぎゅうぎゅうと背中にしがみついているモフモフした物体をなんとか引きはがし見ると、それは顔を真っ赤にして頬を膨らませた、仔猫姿のジタンだった。
「……う……」
その仔猫の大きな瞳が濡れていくのを見て、スコールはぎくりとする。
そして


「う……わぁぁああん……っっ!!」


──仔猫は盛大に、鳴き始めた。




その泣き声に周囲の大人達は一斉に振り返るが、いつもと違ってその顔が緩んでいるのは何故なのだろう。スコールには考える余裕などなかった。
ぴいぴい鳴きながら仔猫は仔獅子の胸をどんどんと叩いている。しかし仔猫は力任せに叩いているつもりだったが、着ぐるみの高い防御力が手伝って、ぽむぽむとしか音がしない。
叩かれているスコールに伝わる衝撃も音の通り程度でしかなく、痛くないのは良いのだが、ジタンが突然癇癪を起こしたというだけで十分困った状態であった。
「ジタン、どうしたんだよ…」
「う……うえっ…」
泣き過ぎてえずき、上手く言葉が出ない仔猫。スコールの胸をぐいぐい押したり後ろの尻尾を掴もうとしたりしながら、「しっぽ」「おそろい」という単語を途切れ途切れに訴えていた。
「あっ…」
スコールはそこでようやく、ジタンが何を言いたいのかが理解できた。

この服が嫌だから脱ぎたい。

先程の会話を聞かれていたとしたら、おそろいの服を喜んでいた仔猫がショックを受けるのも仕方がないだろう。

とうとうスコールの尻尾を掴み、動かなくなったジタン。泣き疲れて眠ってしまったらしい。
スコールはびしょびしょに濡れた頬を服の袖で拭ってやると、ジタンを抱えたまま座り込んでしまった。癇癪を爆発させた弟をあやし疲れ、尻尾を掴まれたままで身動きがとれない。

そこにようやく救いの手を差し伸べてきたのは、父代わりのレオンだった。にゃあにゃあ戯れるぬいぐるみに釘付けになって動かない仲間達を押しのけ、二人の子に手を伸ばす。
「何をしているんだ、まったく…」
たてがみをわしゃわしゃと撫でられ、スコールが涙目になる。レオンは寝入ってしまったジタンを抱き上げようとするが、小さな手はスコールの尻尾を握ったままで。
スコールがどうしようと思ったのも一瞬。
「わっ…」
二人の身体が、抱き合った体勢のまま宙に浮かぶ。レオンが二人を一緒に抱き上げたのだ。
小さな仔猫一匹に抱きつかれただけで身動きがとれなくなる自分とは違う。スコールはその大きな腕が羨ましかったが、今は自分をも支えてくれるそれに安堵し、広い胸に抱きついた。



それから暫くしてスコールは目を覚ました。
自分の身体を見ると、着ぐるみが脱がされレオンのシャツを着せられていた。隣で眠っているジタンは、以前着ていた服を着ている。
テントの中に掛けられているロープに洗いたての着ぐるみが干されている。先程の一件で汚れてしまったらしい。
「起きたか?」
すぐ側に両親がいた。ジタンはいつもの燕尾服。レオンはシャツを脱いでいるため、ジタンのマントを肩から掛けている。
「…ちびの我侭につき合うことないからな。明日新しい服買ってくるから、今日はそれ着て…」
「あ、あのね…」
ジタンの言葉を遮るようにスコールが口を開く。
「服…、ジタンのも一緒に買ってもらったらだめ?今すぐはむりだったら、それまでがまんするから…」
「お前はそれでいいのか?」
『甘い…』と苦い顔をジタンに代わり、そう尋ねたのはレオンだ。
スコールは大きなシャツの端をぎゅうっと掴み、頷く。
「着ぐるみはいやだけど、ジタンとおそろいがいやなわけじゃないから…」
そう誤解されたままのほうが嫌だと言うと、苦い顔をしたジタンがやれやれと首を振る。
一緒に新しい服を着るという事なら、我侭な弟も納得するのだろう。
「わかった。滅多にないスコールの我侭だからな。…でもあんまり甘やかすのは良くないんだぞ」
両親の許しを得て、スコールはほっとした。
夕飯の時に起こすからと言われ、再度毛布の中へと潜り込む。
その時、寝ていたはずのジタンがぼそりと「ごめんなさい」と呟いた。
寝ている体勢はそのままに、薄く開いた目に涙が滲んでいる。自分の我侭のせいでスコールが怒られそうになった事を反省している様だった。
「…いいよ」
やっと泣き止んだ瞳にまた涙が溢れそうになるのを見て、スコールはその瞼にキスをした。
そして小さい身体を抱きしめて、仲良く眠りにつく。

二人が新しい服に身を包むまで、キャンプ地を駆け回るぬいぐるみの姿はまだ消えそうにもない。