正義の獅子☆マッスルレオン


1.

岩と草だらけの地に一つのバルーンが浮いていた
先端にはモーグリ形の風船。その下に吊り下げられている幕には『大感謝セール』という文字が書かれている。帯の縁にキラキラと輝いているのは電飾か。

目立つ。目立ちすぎる。あの獣は阿呆なのだろうか。

そう思いつつもレオンはそのバルーンのふもとに出向いていた。幼子を二人育てているうちに「安売り」という言葉についつい反応してしまうようになってしまった、悲しい性である。バルーンに気付いたカオス軍が攻め入ってこようとも全力で撃退しよう。愛しい我が子達と嫁のためならば。


輝く電飾の下で、ふよふよとモーグリが浮かんでいるモーグリがレオンに気付き、早速お勧めの商品を披露する。
「お兄さんにお勧めなのはこれクポ!高い守備力に防寒性能!今なら色々おまけもつけて、お値段は…」
「…よし、買おう」
耳打ちされた金額にレオンは即決断をした。
丁寧に畳まれた服の、何やら見覚えのある生地の色や毛が気になる所だが、生死をかけた戦いの中で恰好など気にしていられない。
──いや、恰好はかなり気にしているほうなので、これはもしもの時の為の予備だ。備えあれば憂い無し。



レオンが買い付けてきた物資の仕分けをしていた時、ジタンが茶色の布地の服がある事に気付いた。
何かとレオンに尋ねると、「防具らしい」という言葉が返ってきたが、これは────。
「これ、何かわかってて買ってきたのか…?」
きちっと袋詰めされているモフモフとした服を広げて見ると、それは大人サイズの────ライオンの着ぐるみだった。

「…だから見覚えがあったんだな」
それは少し前までスコールが着ていたライオンの着ぐるみにそっくりだった。仔獅子はとても愛らしかったというのに、それが大人サイズになったというだけでこの破壊力である。
「ちょうどお前の服は洗濯中だし、これでも着てるか?」
くすくすと笑いながらジタンに服を押し付けられ、レオンは苦笑しながらそれを押し返す。そんなやりとりをしていた時、急に外が騒がしくなった。幼い悲鳴に二人ははっとする。
「大変、ちびちゃん達が…っ!」
テントの幕を開けてティナが飛び込んできた。半裸状態のレオンに少女は赤面するが、それ所ではないと思い直す。
「ちび達がどうした!?」
二人は直ぐさまテントの外へ飛び出した。

そこにはカオスに属するエクスデスがスコールとジタンを抱え、宙に浮いていた。
そして「ファファファ…。この子供を返してほしければうんたらかんたら」と悪役を地でいく台詞を吐いている。
可愛い子供達が敵に捕らわれ泣き声をあげている。由々しき自体に両親は怒りに燃え上がった。

レオンは武器を持ち敵を撃とうと動いたが、今の自分には装備品がないという事に気がついた。
相手がただのイミテーション一体であればこのままでもなんとかなかったのかもしれない。しかし今回はそうはいかない相手だ。無防備なまま突っ込めば、自分が危険に晒されるかもしれない。

外に干している服を回収する余裕は無い。
手元には、守備力だけは高い服。
愛すべき子達の泣き声。



迷う余地は、なかった。




「ちび達を離せ!!」
先に切り掛かったのはジタンだった。
宙を舞い、空にいる相手に剣の突先を向ける。突先 しかし刃先が触れる前にエクスデスは姿を消し、一瞬にして別の場所へと移動してしまう。この瞬間移動は厄介だった。このまま二人を連れ去られてたまるものかとジタンは踵を返す。距離をとり魔法の発動を誘導させ、詠唱中の隙を狙って急接近する。そして子供達を傷つけない様、エクスデスの足下を切り裂いた。
「…レオン!」
ジタンの攻撃はダメージを与える為ではなく、相手の動きを封じるのが目的だった。

ジタンの叫びと同時にエクスデスの背後に大きな影が落ちる。


茶色の、モフモフとした影が。


「うご…っ」
その茶色のモフモフに背中を大きく切られ、エクスデスは捕らえていた二人を放り出し、姿を消した。
恐らく致命傷には至っていないだろう。しかし今は二人を奪還できればそれで良かった。


支えていたものがなくなり、悲鳴をあげながら小さな身体が落ちて行く。
レオンは空中で二人を受け止めると、そのまま地上へと着地した。
「…?」
ぎゅうっと目を瞑っていた小さなジタンとスコールが恐る恐る目を開く。

そこにはライオンの着ぐるみを着た大きな男の姿があった。

自分達を抱きかかえる人物に二人はぽかんとする。
その視線がいたたまれない。

非常事態とはいえ、自分の子供達にこんな姿を晒してしまうことになるとは。
レオンは今すぐ壁に埋まりたい気分になった。

しかし子供達から、驚きや軽蔑の言葉が放たれることはなかった。
まじまじと大きなライオンを見つめ、「だあれ?」と尋ねられる。
二人にはそれが自分達の父親だとは分からなかったらしい。
ある意味それは好都合だった。この着ぐるみが見知らぬ人物だと思っているのであれば、そのまま気付かれることなく姿を消してしまいたい。

「お兄さん、だあれ?」
危ない所を助けてくれた力強いライオンに、子供達からキラキラとした眼差しが降り注がれる。
「……俺は」


──────この時、調子に乗ってこんな事を口走ってしまったのが運の尽きだった。


「『正義の獅子☆マッスルレオン』だ!」


その瞬間、子供達から黄色い歓声があがる。
二人がこんなに喜んでくれるのならそれでいい。レオンは心を無にした。


そして「名前入ってるじゃねーか…」という嫁のツッコミがぐさりと突き刺さった。






2.

最近レオンは、ある荷物を持ち歩いている。
嫁お手製の大きな巾着の中に入っているのは、件のライオンの着ぐるみだ。先日のエクスデスの一件でこれを着るのは最初の最後のつもりだった。

しかしそうもいかない事情が出来てしまい、着ぐるみから解放されないまま過ごしている。


その事情というのは、丁度そこで遊びに興じている可愛い息子達の事に他ならない。
一度は脱いだスコールのライオンの着ぐるみを、先日二人はジタンに頼み込んで再度出してもらっていた。そしてそれを着て遊んでいる。
『正義の獅子☆マッスルレオン」ごっこである。一つしかない着ぐるみを仲良く交代で着て、二人はヒーローごっこに夢中になっていた。

それだけではない。イミテーションと遭遇する度に息子達は「悪い奴はマッスルレオンが倒してくれるから、怖くないもん!」と言うのだ。これでマッスルレオンが来てくれなかった時の二人の落胆を思うと、一人の父親として男として無視するわけにはいかなかった。

最近ではこれを着て戦っている事のほうが多い気がする。マッスルレオンになってから、エンカウント率が異常に上昇した気がしてならない。それは探偵やヒーローの宿命だと誰かが言っていた。

そして今日も『悪い奴』はやってくる。



「がんばれマッスルレオンー!!」
「いみてーしょんなんてやっつけちゃえ!!」
子供達の可愛らしい声援を受け、今日もどでかいライオンのぬいぐるみが剣を振るう。
「受けてみろ!」
己を軸にガンブレードを回転させるように振り抜くと、周囲に爆発が起こる。
お決まりの得意技と、爆風に揺れる雄々しいたてがみに子供達のテンションは上がる一方だ。この一撃によりイミテーションは倒れ、周囲に平穏が戻る。
戦いが終わったのだと理解したジタンとスコールがレオンの元へと駆け寄り手を伸ばすと、レオンは求められるままに軽々と二人を抱き上げた。

「マッスルレオンかっこいい!おれ、おおきくなったらマッスルレオンになるんだ!」
モフモフとしたたてがみに埋まりながらジタンが興奮気味にそう言うと、スコールも遅れをとるまいと「ぼくもなりたい…」と言いたてがみにしがみつく。

そして「どうやったらつよくなれるの?」「いっしょに遊んで!」と二人にせがまれること数十分。見かねたジタンが声をかけた。ジタンは常ならば共に戦っているのだが、マッスルレオンの時は最低限のアシストに留まり、子供達と傍観する側にまわっていた。ヒーローに対するイメージを崩さないようにという配慮らしい。

「ほら、レオ……マッスルレオンは敵と戦ったばかりで疲れてるんだから、そのくらいにしておけよ」
「はぁい」
ジタンに言われ、二人は名残惜しそうにレオンの腕から離れる。


周囲はもう日が落ちる時間で、夕日に赤く染まっている。子供達にテントに戻るように促すと、ようやくレオンは息をついた。

「…お疲れさま」
「ああ…さすがに疲れたな」
「ふぅん?」
ヒーローなのに?とジタンが笑うと、レオンが恨みがましい視線を返してくる。
「お前と戦いを共にする事に慣れて、一人で戦うのは疲れるようになったんだ」
お前が隣にいないせいだと告げると、予想外の返しだったのかジタンが呆気にとられる。レオンはぼうっと立っているジタンの肩に腕を回すと、自分より一回り小柄なその身体をモフモフとした胸へと押し付けた。
「お前のせいだから、なんとかしろ」
「はいはい。テントに戻ったらなんでもしてやるから」
ジタンにとってみれば目の前にいるのは、もはや獅子ではなく大きな仔猫である。すりすりと身体を押し付けられる度にたてがみが頬をかすめ、くすぐったいとジタンは声を出して笑った。

「ほら、もっと顔見せろよ。今日はずっとそれだったからあんまり見えなかったんだ」
ジタンは腰に回された腕に体重を預け身体を反らし、レオンの顔を覗き込む。たてがみ部分を少しずらし、輪郭を確認するかのようにレオンの頬を撫でた。
少しの間好きなようにさせていたレオンがその手をとる。そして見つめ合ったまま、身体をゆっくりと屈めた。
もともと距離のなかった二人の身体がより密着する。そして唇を触れ合わせ一つに重なろうとした、その時


「だ、めええええーーーっっ!!!」


二つの子供の声が、二人を間を引き裂いた。



どんとぶつかり、二人の間に入って来たのはジタンとスコールだった。テントに戻ったとばかり思ってた二人の出現にレオンとジタンは驚き、くっつけていた身を離す。
足下には子供達の秘蔵のお菓子が落ちていた。おそらくマッスルレオンにこれをあげようと戻ってきたのだろう。
「マッスルレオン大好きだけど、ジタンはだめ!だめなの!」
「ジタンはレオンのおよめさんなんだ。だからマッスルレオンとは“ふうふ”になれないんだよっ」
ジタンとスコールがそれぞれレオンとジタンに抱きつき、二人を接近させないよう必死になる。

正義のヒーローに憧れる二人だが、二人は『レオンとジタンのこども』なのだ。大好きな両親を引き裂く恐れのある事態には黙ってはいられない。
「な、ななななにいってんだよちび達は。マッスルレオンが疲れちゃったのを支えてただけだぞ!」
「そ、そうだ。力を使いすぎて急に身体に力がはいらなくなった所を、君たちのお母さんに助けてもらっていた所だ」

別にやましい事はなに一つしていないのに、浮気現場を目撃された様な気分になるのは何故なんだろう。

しどろもどろに言い訳する二人を、小さな瞳が不審気に見つめる。
しかし所詮二人は子供。
「なあんだ!びっくりした!」
「マッスルレオンがジタンをすきになっちゃったのかと思った…」
あっさりと騙され、ぱっと笑顔が戻る。


レオンは二人から大事なお菓子をプレゼントされると、「さらば!」と地平線を駆け抜けて行った。
きゃあきゃあと歓声を上げて見送る小さな二人は、レオンの姿が見えなくなるまで手を振っている。
一緒にジタンも手を振っていたが、ただでさえ疲れてる所にこんな長距離走を科せられる事になるなんてと、自分の行動が原因なだけに非常に申し訳ない気分になっていた。





3.

雲一つない快晴。
ジタンは木にくくり付けたロープに洗いたてのマントを干すと、腕を上げて伸びをした。
マントの他にも子供達の服や下着、毛布などが所狭しと干されている。屋根のある場所がテント内しかないこの地で、こんな洗濯日和を逃す手はなかった。
少しばかり身体がだるかったが、朝から頑張った甲斐があったと満足する。

「朝から精が出るのう。いや、それは昨夜からか」
「なっ…」
突然放たれたセクハラ発言は、干されている毛布の裏側から聞こえてきた。
その毛布を押しのけ伸ばされた大きな手に、一瞬の隙を見せたジタンが拘束される。

そして地に落ちる毛布に「洗い直しだ!!」と怒りがこみ上げた。



清々しい陽気に、はためく洗濯物。
しかし地面に落ちた一つの毛布が不穏な空気を醸し出す。
ジタンの様子を見に来たレオンと二人の子供達は、毛布を拾いながらえも言われぬ不安を感じていた。

「フハハハハ!武器も持たずに無防備な姿を晒すなど、とうとう秩序を寿退社して専業主婦になり下がったか!」
上方から聞こえてきた声に、三人は空を見上げる。
キャンプ地にしている場所のすぐ横にある崖の上でジタンがガーランドに捕まっていた。ジタンは抵抗してはいるが、武器もなく両腕ごと抱きかかえられて身動きがとれないでいる。力で勝てないジタンに逃げる術はなかった。
「ジタン!」
スコールとジタンが悲痛な声を上げ、レオンは拳を握りしめた。何だってこの悪役たちは人質をとるのが好きなのだろうか。本来の戦いにおいて、人質をとっても何の役にも立たないというのに。
そして「妻を返してほしければうんたらかんたら」と、先日聞いたばかりの台詞を吐くガーランドに、カオスで配布されている教科書でもあるのかと思ってしまう。

「しかし人妻というのもなかなか良いものだな。人のモノというのがなんとも…」
「はぁ!?」
先程からセクハラ発言は酷いものだったが、それに変化がついてきてジタンが狼狽える。
兜からフウフウと漏れ出る生暖かい息が気持ち悪い。
そしてあろうことか、燕尾服の尾の部分をめくり上げてきたではないか。
「こんな細腰で旦那のものを受け入れられるのか?…いや、なかなか使い込まれた風な…」
「ひっ…」
腰や尻をさわさわと撫でられ、あまりの不快感にジタンの尻尾がつんつんに毛羽立った。
「フハハハ!どうだ、夫と息子の前で辱められる気分は!」
「ふ、ふざけんなー!!」

そのあまりの光景に仲間達は「これなんてAV?」と呆れがちだが、怒りを爆発させたのはその夫と息子達である。
「わるものー!ジタンをはなせー!!」
「ジタンのおしりはレオンのものなんだから!!」
その通りだ!とレオンはぎりぎりと握りしめる拳に力を込めた。

自分の嫁が他の男にお触りされまくっている。

とうに怒りのゲージが振り切れているレオンの持つ武器が、光を放った。



凄まじい勢いで、一匹のライオンが崖を駆け上って行く。
手に持つ剣はその姿を変え、青く神秘的な光を纏わせていた。その姿に気付いた子供達が精一杯の声援を送る。

やがて百獣の王に相応しい形相をしたライオンと、悪のセクハラ野郎が対峙した。


「ふむ。噂には聞いていたが、貴様が正義の獅子☆マッスルレオンか。女神に喚ばれたというわけではない様だが、貴様は何者だ」
気付いていないとかカオス陣はアホなのか?と、子供達を除いた全員が思ったが、怒りのライオンにはそんなボケは通じない。
「…そいつを離せ」
ドスの聞いた声に、ガーランドは鼻で笑う。
「こやつに気があるのか?人妻と不倫などと、正義の獅子☆が聞いて呆れるわ!」


荒れ野に風が吹きすさぶ。
聞こえてくるのは擦れる草の音と、はためく洗濯物の音だけだった。


そして二人が動いた。レオンの方が一瞬早く攻撃を繰り出し、容赦なく剣を叩き入れる。
一見、人質を巻き込んだ攻撃にも見えたが、レオンの太刀筋を知り尽くしているジタンは拘束されながらも身を躱し、連続で繰り出される攻撃は全てガーランドへと命中する。
そしてトドメとばかりに、崖の下に突き落とした。獅子が子を崖から突き落とす光景を彷彿とさせるが、それはこんな殺伐としたものではないだろう。
ガーランドは地面に到達する前に、その姿を消した。

ジタンは崖から落ちる瞬間に放り出され、その身体はレオンによって抱きとめられていた。
阿呆な戦いが早々に決着しよかったと安堵する仲間達と、母親を取り戻せた子供達がほっと息をつく。

「大丈夫か?」
横抱きにしたジタンにそう声をかけると、ジタンは涙目でレオンの首に手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。
「き、気持ち悪かった…!」
何が悲しくて旦那以外の男に撫で回されなければならないのか。
「ああ…。お前に触れていいのは俺だけだ」
「……うん」
ジタンは毛羽立ったままの尻尾をレオンの腕に巻き付ける。
このライオンの着ぐるみが最高に格好良く見えてしまった嫁に罪はない。



ジタンを抱えたまま崖から降りてきたレオンに、子供達は歓声をあげながら走り寄って行った。
「マッスルレオン、ありがとう!」
キラキラと目を輝かせてはいるが、ジタンとレオンの間にぐいぐいと入り込んでこようとしているのは気のせいだろうか。
「ジタンを助けてくれてありがとう!…もう離しても大丈夫だよ?」
小さいジタンがレオンに飛びつき、その隙にスコールがジタンを取り戻す。
先日の一件が尾を引いているらしい。マッスルレオンは大好きだけど、それはそれこれはこれ。子供心は複雑である。

セクハラされた嫁の腰と尻を上書きするために直ぐにでもテントに連れ込みたかったが、この状態では我慢せざる終えない。
さっさとレオンに戻ろうと「君たちの母親が無事でよかった。さらば!」と崖の上へと消えて行った。



毎回、姿が見えなくなるほど遠くまで走り去らなくてはならない。
もはやトレーニングの一環だと、レオンは割り切ることにした。





4.

「今日もマッスルレオンはすごかったよ!」
「ばさーって、わるものをやっつけちゃうんだ!」

今日も子供達はヒーローの登場に大喜びだった。
目を輝かせて養い親達におしゃべりする姿をレオンとジタンは笑顔で見つめている。その笑顔の下で、レオンは疲れていたのだが。



あの着ぐるみを着て戦う回数は、とうに両手の指の本数を越えてしまっている。子供達の居ない所ではもちろん着てはいないのだが、“正義のヒーローの宿命”の作用により、子供達が居る所を狙ってイミテーションやカオスの者が襲来してくるのだ。
その度に居なくなるレオンには疑問は感じないらしい。
しかし近頃「ジタンがマッスルレオンにとられないように…ちゃんと捕まえてないとだめだよ?」などと、小さなジタンに耳打ちされる回数が増えてきていた。どの敵も何故か子供達や嫁のジタンばかりを狙ってくるのだ。



そして、今日もまた。





「フハハハハ!そんなピンク色の双丘を曝け出して、のんびり水浴びか!」
「────!!」

ジタンが子供達と水浴びをしている時だった。
今ではもう聞き慣れたセクハラ発言を大声で叫びながら現れたのは、あの憎きガーランド。
先の一件以来、ジタンをセクハラの対象としてロックオンしてしまった様だった。



ふざけるな。あいつの可愛い尻がピンク色に染まっているのは、見張り役の俺にその肢体を見つめられているからだ。決してお前の目を楽しませる為ではない。



怒りのライオンは万が一の為に側に置いておいた着ぐるみに手を伸ばす。愛する家族を護る為に。

────ここでレオンとして妻を護れば小さなジタンにあんな事を言われずに済むという事に、レオンは気付いていない。



「そこまでだ、カオスの手の者め!!」
「現れたな、正義の獅子☆マッスルレオン!」
子供達を抱えて川の中を逃げ回っているジタンを前屈みになりながら追いかけるガーランドに、正義の獅子☆の怒りゲージはとうに振り切れ、手に持つ剣はすでに青色の光を帯びている。
「まだこの人妻を諦めきれぬと見える」
「あ…っ!」
二人の子を抱えている所為で動きが鈍くなったジタンをガーランドが捕らえた。ジタンはせめてもと子供達を離し、レオンの元へ逃げるようにと叫び声を上げる。
「鎧が!冷たい!!」
そして素肌に触れた鎧に震え上がったジタンが尻尾を逆立てながら、そんな苦情も叫んでいた。



ジタンに触れるだけでも許し難いというのに、その愛する妻は今、裸である。このまま何処かへと連れて行かれ辱めを受ける事になってしまったら、家族を連れ、仲間達の元から去る他ない。
「マッスルレオン、ジタンをたすけて…っ!」
「おねがい!」
泣きながら縋り付いてくるスコールとジタンに、レオンは「勿論だ」と頭を撫で、安全な場所に隠れるよう促した。

改めて、ガーランドとレオンの二人が対峙する。
ジタンは水面に隠れるか隠れないかの下肢を恥じ、太腿をもじもじと擦り寄せている。そして「マッスルレオン…」と小さく呟く声に、ガーランドの兜の下にあるであろう鼻が伸びたように感じた。
レオンが一歩、足を踏み込む。するとガーランドは「動くな」とジタンに大剣を突きつけた。やっと人質の使い方を覚えた様だった。
「マッスルレオン!俺はいいから、ちび達を連れて逃げてくれ!」
「────そんな訳にはいかない」
ガーランドの目的がジタンへのセクハラなのは明らかだ。

「こうなっては手も足もでまい。さあ正体を現せ、正義の獅子☆!」
「────っ!」
レオンに向かって突き出された剣。
その切っ先は着ぐるみの頭を翳め、たてがみの毛が宙を舞う。



露になった、素顔。





「…レオン?」
「マッスルレオンは、レオンだったの…?」
子供達の呆然とした声が背後から聞こえる。
ガーランドもその正体に驚き、動きが止まっていた。

最初から顔は丸出しだったのだがと突っ込める者は、この場には存在しない。



「────離せ!」
ジタンはその一瞬の隙を突き、ガーランドに尻尾ビンタをお見舞いした。
「レオン!」
「ジタン!」
僅かに緩んだ腕の中から抜け出そうと、ジタンがレオンに手を伸ばす。
その手を取ったレオンはその腕を引きながら、ガーランドの肩を己の剣で突き刺した。
「くっ…!」
肩を押さえ、その場から姿を消すガーランド。
止めを刺せなかったのは惜しいが、腕の中に戻ってきた愛しい妻の方がレオンにとっては何よりも大切なものだ。
「大丈夫か?」
「ああ。怪我もないし、どこも触られてない。お前こそ怪我しなかったか?」
「俺も怪我はない。服を破られただけ、で…────!」
レオンは今更ながらに自分の素顔が露になっている事を思い出した。いつの間にか二人の足元には、隠れていた子供達が立っている。
「レオン…」
スコールの小さな声に、レオンの眉が悲しげに下がってしまう。

子供達が憧れていたヒーローの正体が、自分達の父親だった。
レオンは子供達を騙していた事になる。それに子供達はどれほど傷つくだろう。そしてこんな格好をしている父を、軽蔑するだろうか。



しかし、子供達の困惑した表情は徐々に晴れやかになり。
「────すごいや!レオンがマッスルレオンだったなんて!」
「…!」
予想外の反応にレオンが驚く。
スコールとジタンは歓声を上げながら、そんなレオンへと飛びついた。
「お前達、…がっかりはしなかったか」
「どうして?おれたちのお父さんがマッスルレオンだったんだよ?嬉しい!」
小さなジタンがレオンの足に擦り寄り、着ぐるみの尻尾に己の尻尾を巻き付けた。レオンとジタンはそんな子供達の反応に呆気にとられ、顔を見合わせて次第に笑みを零していく。
「それじゃあ、もう…解禁かな?」
ジタンが小さなジタンにそう言うと、小さなジタンもにこりと笑い「レオンだからいいよ!」と言った。



そしてジタンは正義のヒーローの頬に祝福のキスを落とす。
母親を取られまいと奮闘していた子供達も正体が父と分かると、間に割り込むことはなかった。





その日以来、破れた着ぐるみはその役目を終え、マッスルレオンが再び姿を現す事はなかった。



しかし、レオンと瓜二つのスコールが成長し、その役目を受け継ぐ未来があるかもしれない。