恋文の日


字を教えて欲しいとジタンの元へ来たのは、小さなジタンだった。
両手にはスケッチブックと色鉛筆を抱えている。これは先日のこどもの日に仲間達がスコールとジタンそれぞれに贈った物だった。自然が遊び場だった二人にとって絵を描くという新しい遊びはとても新鮮で、キャンプ地の所々で花の絵を描いたり似顔絵を描き合ったりする二人を見かける様になっていた。
スコールは大事に少しずつ紙を使っていたが、ジタンはお絵描きに夢中になりすぎてもう残り一枚しかないらしい。その最後の一枚の使い道を決め、養い親のジタンの元へとやってきたのだった。

常であれば真っ先にレオンの所へと行くのに、何故自分の所に来たのかと尋ねてみると「ないしょにするのがへただから」と返ってきた。
確かに、ポーカーフェイスのくせに隠し事ができない。ある意味器用な奴だなとジタンは思った。

そのポーカーフェイスから些細な感情の変化を読み取れるのは、その親友と息子達くらいではあったが。


スケッチブックを囲う、尻尾が二人。
小さい方はいつになく真剣な顔で、大きい方は文字の指南をしている。
「ちび、『と』と『す』がひっくり返ってる」
「んー…っ」
「濁点の位置が…なんか変だな」
「うにゃーっ」
文字を間違う度にごしごしと消すものだから、紙はすっかり毛羽立ってしまっていた。
時間がかかっているのは、ジタンが文字の見本を見せないからだ。小さいジタンは文字に全く接さない生活をしてるわけではない。この文字は以前スコールに教えてもらっていた。この前読み聞かせた本の表紙に書いてあった。そう、できる限り自分で思い出させ、書かせているのだ。


「…これでだいじょうぶ?」
「ああ上出来だ。ちゃんと自分の力で書けたんだ。えらいぞ!」
よれよれになった紙をスケッチブックから切り取り、丁寧に折って持ち主へと渡す。頭を撫でられ褒められたジタンは、嬉しそうにその紙を持って走り去っていった。

この後のやりとりを想像すると頬が緩んで仕方がない。
それを見逃す手はないと、ジタンはレオンを捕まえに行った。もちろん、小さいジタンが行動を起こすまで、隠し事が下手な父親には事情の説明はできなかったが。


その後、ジタンはもじもじしながら“それ”を使う機会を窺っていた。
昼が過ぎ、食事当番が夕飯のメニューを考え始める頃。ようやく意を決したジタンが、一緒に遊んでいたスコールに“それ”を差し出す。突然差し出された紙切れに、スコールは目をぱちくりさせてそれを受け取った。
広げてみると、よれよれの紙によれよれの文字が見える。“それ”は手紙の様だった。
「読んでいいの?」
スコールが尋ねると、ジタンはこくこくと頷く。
「えっと…。『い』、『つ』、『も』…」
ミミズののたくった様な字を、スコールが一生懸命解読する。
「『あ』『り』『が』『と』『う』…『だ』『い』『す』………」

そこまで読み上げた所で、スコールが赤面した。


『いつもありがとう。だいすき。』


手紙には、そう書いてあった。

顔を赤くして固まったスコールに、ジタンも顔を赤くして落ち着かないでいる。スコールが好きだといつも口にはしているが、こうやって形に残るように伝えるというのはすごく恥ずかしい事だと気付いた。
「や、やっぱり、それかえして…」
ジタンがスコールから手紙を取り上げようとするが、スコールは伸ばされた小さな手を避け、ジタンの手が届かない位置に持ち上げてしまう。
「や、やだよ。ぼくがもらったんだ!」
「書いたのおれだもん!かえしてー!」



「…珍しくスコールが抵抗してるな」
手紙の内容を知っていたジタンが腹を抱えて笑っている。事情を知らされていなかったレオンは、目の前の光景を見てようやく納得がいった。
ジタンがスコールに恋文を渡そうとしていると知っていたら、結果が気になって気になって自分が一番そわそわしてしまっていた事だろう。
しばらく手紙の奪い合いをしていた二人だが、これもまた珍しい事にスコールが勝利し、ジタンが折れるという結果に終わった。
もうスコールにお手紙なんて書かない、と捨て台詞を残して。



書いている文字がひらがななのは、話の流れの都合上です…。