エンゲージリング


にっ、にっ、という鳴き声がテントの奥から聞こえてくる。
レオンがその声が聞こえる方向に目をやると、以前までジタンが使っていた荷物袋が目についた。その袋が小刻みに揺れている。
時折袋の口から覗く尻尾に、あんな所にいたのかと剣の手入れをしながら思った。いつもは自分の手や服の中で喉を鳴らしているというのに。
やがて大きな耳が見え隠れする様になると、髪をぼさぼさにしたジタンが袋からひょっこり顔を出した。
「にぃ…っ」
よいしょよいしょと袋から引っ張り出したのは、一つの小さな箱。
レオンにとってそれは手のひらに乗せられるほど小さいものであるが、仔猫サイズになっているジタンにとっては抱えるほど大きなものだ。
なんとか掘り出すことに成功したものの、それを抱えて降りるという行程までは考えていなかったらしい。
不安定な布の上。飛び降りるには抱えている箱が大きすぎる。ジタンは恐る恐る一歩足を踏み出した────のだが。

「うにゃぁっ」

布のたるみに足をとられ、ジタンはころころと坂道を転がるように落ちてしまった。
「大丈夫か?」
レオンがその小さい身体を起こしてやると、ジタンは小さな箱を大事に抱えたまま目を回していた。体重が軽いため特に怪我はない。それにほっとしつつ、降りられないのなら自分を呼べばいいのにとごちる。

「にっ」
乱れた髪を指で整えてもらい、ジタンは気を取り直して箱を地面へ置いた。
レオンはその箱に見覚えがある。自分がジタンへと渡したものだからだ。
ジタンがその箱を開けようと奮闘しているが、小さな身体には固い箱だ。レオンが手伝おうと手を伸ばすが、「にーっ」と手を出すなと言わんばかりに威嚇され、仕方なく様子を見ることにした。

奮闘する事数分。
ぱこっと軽い音を立てて開いた箱。


その中には、指輪が納められていた。


レオンの指には指輪が填められている。そしてそれと同じデザインの指輪が、ジタンの小さな指にも填められていた。
それはつい先日、二人で買った“結婚指輪”。

ではこの箱に入っている指輪は何なのかというと、それよりも前────二人が肌を重ねるようになった頃に、レオンがジタンへと贈った指輪だった。
実質、婚約指輪である。

それはずっとジタンの指に着けられていたが、その場所が結婚指輪に変わってからは箱に仕舞われ、大事に保管されていた。
時々ジタンがそれを取り出しては指に填め、二つの指輪を幸せそうに眺めてたことも知っている。小さな身体になって以来触れることのできなくなった指輪が恋しくなったのだろう。ジタンは指輪を箱から取り出し、くるくると回し始めた。指に填めたくともそれは大きすぎて、苦し紛れに尻尾に填めようとまでしている。

その姿が何とも哀れに見えたレオンは、ジタンの手から指輪を取り上げてしまった。
「にっにーっ!!」
途端に毛羽立つ尻尾。言葉が通じずとも「かえせ!」と言っているのはわかる。
「…もういいだろう。ずっとそのままの姿でいるわけじゃないんだ。すぐに着けられるようになる」
「に……」
レオンによって箱に仕舞われた指輪に、ジタンの耳がぺたんと垂れる。同時に毛羽立っていた尻尾も元気をなくし、地面へと落ちた。

『いま着けたかった』
名残惜しそうに箱を撫でるジタンから、そんな想いが伝わってくる。

レオンはそんなジタンの小さな左手を手に取り、優しく口付けた。
それは薬指を狙ってしたものだが、ジタンの手が小さすぎて手全体にしてしまう形になってしまった。
しかし意図は伝わったらしい。唇を落とされた左手を凝視するジタンの耳と尻尾が、ぴんと頂点を向いた。

「必ず元の姿に戻してやる。…それまでこれで我慢してくれ」
再度左手にキスをすると、ジタンの耳がぴくぴくと動く。
「にっ、にゃあ!」
唇を離すと、ジタンは自分の手を掬っていた指にしがみついてきた。

それはレオンの左の手。

手のひらに乗ったジタンは、匂い付けをする様に頭や頬をぐりぐりと手のひらに擦り付ける。にぃにぃと甘える声を出しながら。
そして、その大きな指に填められた大きな指輪に顔を寄せると、ちゅっと小さな音をたててキスをした。