父の日


空に浮かぶ陽が西に傾き出して暫くが経つ。
赤く焼けてきた空に焦りを感じた子供達が、行動を許されているギリギリの範囲まで足を伸ばし、待ち人の帰りを今か今かと待っていた。
しかし待てども、期待する人影は見えてこない。二人の父親代わりであるレオンは戦いに駆り出され、数日前から不在だった。
「スコール、ちび、そろそろ戻るぞ」
二人が「そろそろ帰ってくるかも」と此処を訪れる度に付き合っていたジタンだが、暗くなっていく周囲に切り上げを決めた。この辺りはまだ安全だが、夜に何があるかはわからない。野犬やオオカミなど、安全を脅かすのはイミテーションだけではないのだ。
「きょう、帰ってくるって言ったのに…」
とぼとぼと肩を落としながら引き上げてくる二人の頭をジタンがぽんと撫でる。
「今日じゃなくたって、あいつは喜んでくれるさ」
「…うん」
キャンプ地に足を向けるジタンに伴って二人もそれに続く。
それぞれの小さな手には簡素な包み紙が大事そうに抱えられている。スコールとジタンが今日のために一生懸命準備した『父の日のプレゼント』だった。

「なあ、スコール」
「ん?」
「プレゼントって…これでいいのかな」
手元のプレゼントを凝視したジタンが、そんな事を言い始めた。
準備したのは、二人で描いたレオンの似顔絵。そしてレオンがよく飲んでいる酒だ。レオンの顔を盗み見ては色鉛筆で色を塗り、お手伝いで貯めたKPを持ってお酒を買いに行った。子供だけではお酒は売ってもらえないので、そこはジタンに同伴をお願いをした。
買い物の帰り道にプレゼントの内容を伝えると、「泣いて喜ぶんじゃないか?」とお墨付きをもらえたのだ。
「でも…」
母の日も父の日も、それぞれの養い親を想い一所懸命準備をした。先月の母の日は、母親代わりのジタンは凄く喜んでくれ、大成功のはずだった。
「でも、いちばん言いたかったことを言ってない気がする…」
「……うん」
日頃の感謝やどれだけジタンの事が大好きか一生懸命言葉にしたが、一番知って欲しいことを伝える事ができなかった。どう言葉に表現したら良いのかわからなくて。
二人の視線の先にはジタンの尻尾があった。普段はマントに隠れていて見えないそれだが、子供達の前を歩く時はその姿を現している。

幼子が迷子にならないように、道しるべにしているかの様に。


まだレオンが戻ってくるまでの時間がある。
二人はテントに戻った後、就寝の時間になっても何やら話し合いをしていた。




レオンが戻ってきたのは、日付が変わろうとしている時間帯だった。

テントの幕が開き現れた姿に、ジタンは驚きすぐに中へと迎え入れた。
「明日になると思ってた」
脱いだジャケットを受け取りながらジタンがそう言うと、レオンは疲労を滲ませた声で答えた。
「あいつらと約束したからな、夜営を抜けてきた。…しかしもう寝ているな」
今日中に戻ってくるという約束は果たせたが、肝心の子供達が寝ているのでは意味が無い。無駄足になってしまったと床に座り込むレオンの横に、服を干し終えたジタンが並んだ。
「俺は早く会えて嬉しいけどな?」
そう言いおかえりのキスを落とすと、レオンも頬を綻ばせそれに応える。こうして柔らかな唇に触れ、慣れ親しんだ匂いに包まれると『帰ってきた』と滲みる様に感じた。
疲れを気にし遠慮しているジタンを膝の上に抱き上げると、ジタンは嬉しそうに首に手を回してきた。そして今度は深めに唇を重ねる。
静かなテントに濡れた音がやけに大きく聞こえる。その音を聴きながら口付けに没頭していると、外に人の気配を感じた。

「レオン…帰ってきてる?」
それはスコールの声だった。
「まだ起きていたのか?」
子供を諌める声に、膝から降りたジタンが「まあまあ」とレオンを宥める。
「今日は特別だからな。いいぞ、入っても」
許可を得て、スコールとジタンが恐る恐るマントの幕を開け顔を覗かせた。そして靴を脱ぎ、テントの中へと入る。少し前までは自分達もここで寝泊まりをしていた、懐かしいテントだ。
「レオン、おかえりなさい」
「ああ、遅くなってすまなかったな」
「ううん。あのね、これ…」
差し出された二つの包み紙。自分達で包んだのか、どこか不格好なそれに笑みが溢れる。
今日が何の日なのか知らない訳ではない。しきりに日程の確認をしてきた子供達に、察しはついていた。

包み紙を丁寧に開けていくと小振りの酒瓶と一枚の紙が出てきた。
普段よく飲んでいる酒の銘柄に、色とりどりの色鉛筆で描かれたかわいらしい絵。
それらを目を細めながら見つめ、「よく描けているな」とこぼすとスコールとジタンが照れくさそうに笑う。

「あ、あのね、それと…」
スコールが何かを切り出してきたが、もじもじするばかりで言葉が続かない。
そんなスコールをジタンが突っつき、何やら言葉を交わしている。何度かのやりとりの末、口を開いたのはジタンのほうだった。
「ジタンもきいてほしいんだけど…」
「俺も?」
それまで今日の主役のレオンたちのやり取りを微笑ましく眺めていたジタンが急に話をふられ、きょとんとする。
「うん。あのね、おれは拾われたときのことはよく覚えてないんだけど…」
今度はジタンが顔を赤くしてもじもじとし始めた。服の裾を揉むように掴み、尻尾が左右に揺れる。
「レオンが…ひろってくれなかったら、おれたちはしんじゃってたと思うんだ。だから、おれたちを見つけてくれて…ありがとう…」
シャツが伸びてしまうのではないかと思うほど裾を握りしめたジタンが、やっと言葉を言い切る。そして隣にいるスコールを尻尾で叩いた。
「…そ、それだけじゃなくて…あの…」
ジタンに促され、スコールが辿々しく話し始める。
「ぼくたちを…育ててくれたのが、レオンとジタンでよかった…。ふたりのこどもにしてくれて、…ありがとう」



「「おとうさん」」




最後に二人で声を合わせ放った言葉に、レオンとジタンは言葉が出なかった。
呆然と見つめられる事に耐えかねたのか、可哀想なくらいに茹でダコ状態になったスコールが勢い良く踵を返した。
「お、おやすみなさい!!」
「あっ、まってよー!」
テントから飛び出して行ったスコールにジタンが慌ててそれに続く。恥ずかしさのあまり半ば錯乱状態になったのか、靴を忘れ裸足で駆けて行ってしまった。

「………………」
子供達が嵐の様に去って行った後も、レオンとジタンはその場に固まっていた。
レオンは貰ったプレゼントを見つめ、ジタンはテントの入り口に視線を向けたまま。
やがてジタンが息をつくように口を開いた。
「俺たちの…子供でよかった、か…」
「………………」
はは、と笑い、ジタンは膝を立ててそこにこめかみを押さえつける。
「あ、でも俺『おかあさん』って言われてない。レオンだけズルくね?」
「………………」
「……お前、泣いてんの?」
「…人の事が言えるか」
反応のないレオンをそう茶化すが、ジタンはレオンの顔を見ていたわけではない。レオンが俯いているというのもあるが、ジタン自身が膝から顔を上げられずにいたからだ。
「あー…、ちびたち抱きしめたい…」
今直ぐに二人のテントに向かいたくなったが、今は夜中。もう二人は寝ているだろうし、起きていたとしても両親の顔をまともに見れる状態ではないだろう。

ジタンの尻尾がテントの床を叩く音を聞きながら、レオンは漸く立ち上がり贈り物を枕元に置いた。そして『お前もさっさと来い』とジタンを呼ぶ。
「もう寝るぞ。明日疲れているとは言えないからな」
「…そうだな」
明日することなどもう決まっている。仲間に何を言われようとも、二人は子供達を構い倒す気満々であった。

そして二人は手っ取り早く夜明けを迎える為に眠りにつく。
しかし朝早く起きた二人に対し、夜更かしをしてしまった子供達が昼近くまで起きられなかったというのは予想外だった。