怪盗Z


この日、レオンは所属している軍事施設へと赴いていた。
今日の仕事は、隣国の要人を迎えた会談の警護。
もとより平和なこの国では危険が及ぶ事はまずない。これは国としての礼節の意味合いのほうが強い仕事だ。
平和とはいっても人による犯罪が少ないというだけで、魔物討伐や人命救助などの仕事は多々あり、軍には屈強な戦士が多く所属してる。

「お疲れさん」
入口をくぐった所で出迎えてきたのはクラウドだった。
「ああ。お前はこれから出動か」
「ファームから逃げたチョコボが町中で暴れてるという通報があった」
「チョコボが…」
レオンの隣にいたスコールが唾を飲む。
チョコボといえば、大人を乗せてもびくともしない大型の獣だ。
愛らしい姿から一見癒し系に見えるが、その巨体が暴れ出すと一般人では手に負えなくなってしまう。軍にはこういった仕事が入ることも多い。
「今日はスコールが一緒なんだな」
「今回はただの警護だからな。初仕事には丁度いいだろう」

スコールは憧れの父と同じ仕事に就きたいと常々言っており、十三歳になってようやく同行が認められるようになった。今後はレオンに付いて見習いとして働く事になる。
「その前にひとつ仕事が入ったぞ。俺は急ぐから自分で確認してくれ」
そう言ってクラウドがレオンに渡したのは、白い封筒。
「これは…」
何も書かれていない封筒に覚えがあるらしい。レオンは顔を引き締めてその封を開ける。
スコールが覗き込むと、中に入っていたカードにこう書かれていた。



『本日十一時半。レオンとスコールの大事な物をいただきに参ります。 怪盗Z』



名前の後ろにはにょろりとした尻尾のようなイラストが添えてある。
「やはりあいつか!しかも目的は俺たちだと…!?」
カードを握りしめながら外へ飛び出していったレオンを、スコールは慌てて追いかけていく。



怪盗Zといえば、資産家の家を狙って盗みを働く大悪党で、その担当はレオンが任されていた。
昔は美術品を盗んだりもしていた様だったが、最近ではお湯を沸かしたタイミングで茶葉を根こそぎ盗んだり、シャンプーを残してコンディショナーとトリートメントを盗んでいったりと、なかなか内容がみみっちくなっている。
もはや良い意味で国の名物になっているが、盗みをされる家主にはたまったものではないらしく、予告状が届く度にレオンが駆り出されていた。その家にある一番高価なパンツはこれまで一回も狙われたことはないらしいが。



外に出ると、時刻は丁度十一時半。
広場の時計台の上に、二つの人影が現れた。
「怪盗Z!!」
「…ごきげんよう♪」
にっと笑った人物は、銀色の髪と体毛と尻尾を持ち、黒のマントと燕尾服を身に纏っている。噂に聞いていた怪盗と同じ出立ちだ。
しかし、その隣にいるのは…。
「一人、増えている…?」
その隣にいる小柄な人物は、怪盗Zと同じ服を身につけている。違う所といえば、体毛が銀ではなくピンク色をしている事だ。
そのピンク色は目元を隠している仮面を触り、こう宣言した。
「俺の名前も怪盗Zだ!」
「「まぎらわしい!!」」
レオンとスコールの声が重なり、周囲に木霊する。
「お前が見習いを付けたって聞いて、俺も見習いを付けたんだ。可愛いだろ、ピンク色してて」
「……可愛い」
「スコール…」
素晴らしいモフモフの出現に、思わずスコールが本音をこぼしてしまう。
レオンもあの毛玉には惹かれるものがあったが、大きい方の銀色の毛並みの方が好みだ────そう思った所で、首を振って邪念を振り払った。
「スコールはちびに任せるとして…。お前の大事な物は俺が頂くからな」
「大事な物、だと?」
時計台から飛び降り、回転しながら着地をした銀色のZとレオンが対峙する。

「それは…お前の弁当だ!」



辺りがしん…と静まり返る。
昼の広場には人が少なくはない。遠巻きに眺めていた人々からは「弁当?」「お弁当…?」と徐々にざわめきと笑い声が漏れ出していった。
それにはスコールも困惑したが、レオンは怒りの表情で銀色のZを睨みつけている。

手作りのお弁当を渡され、いってらっしゃいとジタンにキスをされたのは今朝のこと。小さなジタンもそれに続き、反対側の頬にちゅっとキスをしてくれた。

その弁当は世間一般でいう『愛妻弁当』。
世の働く男達にとって、これほど大事な物はない。





一方スコールはピンク色のZと向き合っていた。
「こんにちは、ちっちゃい軍人さん」
「お前のほうが小さいだろ」
「うるせーよ!」
ピンク色のほうは気が短いらしい。毛を逆立ててスコールを威嚇している。
レオンの反応から見て、向こうのZは的確にターゲットを定めてきたらしい。しかし、スコールの大事なものとは。
養い親のジタンが作ってくれた弁当はレオンが持っているし、それを失うのは心苦しいが、それはレオンの比ではないだろう。
「スコールの大事な物は、いっぱいあるだろ?」
不敵に笑うピンク色のZの表情は銀色のZと瓜二つで、こちらも何かに狙いを定めているように見える。
(捕まえればいいんだよな?)
丸腰の相手に剣を抜くのは躊躇われたが、剣がなくともレオンに教えられた体術がある。スコールはピンク色のZに向かって駆け出し、その小さな身体を捕まえようと手を伸ばした。
しかしその手は宙を掻き、ピンク色のZは宙を舞う。
「スコールの大事な物、いただきっ!」
そう言われると同時に、視界がピンク色に染まる。

キスされているのだと気付くまで、暫くかかった。





「スコール!」
色めきだつ周囲の歓声に、レオンの意識がスコールのほうへと向く。そこにはピンクの毛玉に唇を奪われている息子の姿があった。
すぐにその体は離れた様だが、スコールは呆然としたまま動かない。レオンがもう一度呼びかけようとした時、自分の荷物が軽くなったような感じがした。
「隙だらけだぜ、レオン」
振り返った時には既に遅く、愛妻弁当は銀色のZの手の中で。
取り戻そうと伸ばした手を躱し、二人の怪盗は再び時計台の上へと姿を消していった。
「今回は俺達の勝ちだな」と言い残して。





「素直に『寝坊して弁当が作れなかった』って言えばいいのに」
「だってさー、折角スコールの初出勤の日でもあるのに…」
人目のつかない所まで移動した怪盗二人は、そんな会話をしながら仮面を外していた。
身体の力を抜くと、銀とピンクの体毛が消えていき、その髪は金色へと変化していく。
もとい、戻っていった。
「あーあ、レオン落ち込んでないかな」
「昼で目撃者も多かったし、噂で聞いた事にして慰めるからいいんだよ。…それよりスコール、泣いてんじゃないのか」
「帰ってきたら俺が慰めるもん」

お互いを『確信犯だ』と笑い合う、大きなジタンと小さなジタン。
二人が怪盗の正体だということは、もちろんレオンもスコールも知る由もない。





「……うっ…」
その頃、案の定スコールは泣いていた。
「スコール…、元気を出せ」
「だって、……初めてはジタンとするって決めてたのに」
十三歳の純情を奪われたスコールが、レオンに抱きつき肩を震わせる。スコールの、小さいジタンに向けられた淡い感情を知っていたレオンは「わかる、わかるぞ」とその背中を抱きしめた。
「自棄酒…はまだ無理だな。自棄ラムネにならいくらでも付き合ってやる。たくさんビー玉をもらおう」
「…うん」

スコールの傷心は根深かったが、その日の初仕事はなんとか終えることができた。
半べそはかいていたが、ただ立っているだけの仕事だったからだ。





それから暫くの間、ニュー怪盗のピンクちゃんに唇を奪われたニクイ男として街の有名人になってしまい、さすがに罪悪感を覚えたのか小さいジタンはスコールを慰める事に死力を尽くしていた。

今度は夜にしよう、そう思いながら。