怪盗Z 4 (軍人見習いさんと子役さん)


軍事施設の入り口に来た所で、ジタンはボランティア公演に出る養い親のジタンと一旦分かれ、別行動をとる事になった。
広い敷地内に放り出された形に見えるが、軍人を養父に持つジタンは施設に頻繁に訪れていた為、道に迷う事は無い。顔見知りの軍人さん達に挨拶をしながら、地図を片手に歩いていった。
地図にはぐるぐると印をつけている場所がある。迷わずその場所に向かうと、そこに居る人影にジタンは目を輝かせた。

「スコール!」
そこは屋台が建ち並ぶ一角で、様々な店が軒を連ねていた。そのうちの一つのテントでスコールが汗を拭っている。
「ジタン」
制服の袖をまくったスコールが、家族の来訪に顔を上げる。手に握られたピックが制服とミスマッチしていた。
「たこ焼き、売れてるか?」
「まだ少し…。始まったばかりだしな」


スコールはたこ焼き屋台の任務を受けていた。





軍は国民の為に存在している。その軍と国民が触れ合う機会を設けようと、年に一度、軍主催の祭りが開催されていた。
来場者を持て成すのはもちろん軍人達。ジタンとまだ軍に入る前のスコールも両親に連れられて何度か訪れた事がある。
平隊員や見習いが主で、役職に就いているレオンが参加している所は見た事はないが、かつてはこうして持て成す側にいたらしいレオンの姿を子供達は想像ができない。

お祭りとはいえこれも立派な任務だと、スコールは連日家でたこ焼きの練習をしていた。
料理上手な二人のジタンに教わっていたのだから、味は悪くないはずだ。

でも売る側の愛想の問題は否めない。
売れなかったらどうしよう────スコールが不安になる中、ジタンはテントの屋根に貼られた紙を凝視していた。



『お買い上げくださった方に、軍人がお姫様抱っこをサービス!』



張り紙にはそんな事が書かれていて、ジタンは眉を下げる。
「スコール…。これ、なんだよ」
「何?」
急に不機嫌になったジタンに驚き、スコールはその視線の先を見て固まる。
「それは隣のテントのだ!から、俺がするわけじゃないっ」
「…本当に?」
じっと疑いの眼差しを向けてくるジタンに、スコールがうんうんと頷く。あらぬ疑いに、鉄板の熱が原因でない汗がにじみ出て来た。
ジタンはそんなスコールに、すぐに笑顔を戻した。
「よかった。スコールの抱っこは、俺専用なんだからな。…人を助ける時とかは別だけどさ」
恥ずかしそうにそんな事を言うお嫁さん(予定)にスコールの手が止まり、たこ焼きが焦げかける。
二人を分つあつあつの鉄板が憎い。



「抱っこが必要か」
「わーっ!?」
突然背後からかけられた声と同時にジタンの身体が宙に浮かび、幼い悲鳴が響き渡った。
「り、りーだー?」
片手で軽々とジタンを持ち上げているのは、レオンの上司でもあるwolだった。二人がレオンとジタンの養子になった頃から可愛がってくれていて、今ではスコールの上司でもある。
「りーだーが隣の屋台やってるの?」
「いや、見回りだ。皆の祭りを酔っぱらいや不逞の輩が壊さぬ様にするのが私の役目だ」
そんな堅苦しい事を言いながらも、している事はジタンの高い高いだ。「リーダー、なにしてるんですか」と周りの軍人に突っ込まれている。
「む、そうだな。そろそろ行くとしよう」
「りーだー、お仕事頑張ってね」
ジタンの身体が下ろされる前に、wolの頬を小さな唇が翳めた。

何事もなかったかの様に立ち去ったwolだったが、向かう先々で「リーダー眩しい!」「市民もいるんですから、もっと光量抑えてください!」と軍人達の悲鳴があがっていた。



そんな光景に人が集まり、皆笑っている。

この温まった空気を逃す手はない。
まだ場数は少ないが、人々の気分の高揚を肌で察する事ができるくらいには、ジタンは立派な役者だった。
「スコール。たこ焼きいっこもらっていい?」
「…? ああ」
ジタンに求められ、スコールは作り置きしていたたこ焼きを手渡す。
ジタンはそのたこ焼きを一つ頬張ると、頬に手を当て「う〜ん!」と唸った。



「─────美味しい!」



そして輝く様な笑顔でそう叫んだ。



「ぷりぷりのタコ!中はとろっ外はカリカリ!ソースとマヨネーズのバランスがたまらない!これを食べずに『祭』と言えるのか!?いや、言えない!」


突如始まった一人芝居に、スコールがぽかんとする。
わざとらしいくらいに演技じみたセリフ回しが周囲の笑いを誘うが、たこ焼きを頬張る姿はとても美味しそうに見え、ソースの香りに唾を飲み込む人が多く発生した。

その中の「買う?」「どーしよう」という女性グループの囁き合いをジタンは聞き逃さない。
「青海苔が歯に付つくのが気になる?心配ご無用、青海苔ごときが浴衣姿のレディの美しさを壊せるはずがないぜ」
踊るような足取りで女性グループに近づき、そのうちの一人の手の甲にキスを落とす。
小さな紳士に黄色い歓声が上がったかと思うと、ジタンがスコールの元へと駆け戻ってきた。
「スコール、たこ焼き五つ」
「え?」
「早く!」
「わ、わかった!」

ジタンに睨まれ、スコールは慌てて鉄板に生地を流す。
その間にもジタンと客のやり取りは続き、たこ焼きはどんどん無くなっていった。







「か、完売…」
最後の一パックが売れ、屋台には『売り切れ』の張り紙が掲げられた。
「お疲れさま」
汗だくになったスコールに新しいタオルを渡しながらジタンが労う。

スコールの作るたこ焼きが売れないとは思っていなかったが、たくさん練習を重ねていたのを知っているジタンは、より多くの人に食べてもらいたいと思っていた。その結果の即興一人芝居。
しかしスコールは、ジタンが隙を見て水を飲んでいる所を見逃さなかった。
猫舌でなくても熱いはずのたこ焼きを、猫舌のジタンは冷ますこともせず頬張っていたのだ。きっと火傷をしているに違いない。



「スコール、行ってきな」
隣の屋台にいた軍人の一人が、スコールの声をかけた。
「え…」
「片付けは後でいいって。可愛い嫁さんを祭りに連れてってやんな」
その言葉にスコールとジタンが赤面する。それを見た軍人が「お前ら一家には敵わねーわ」とぼやいた。

「じゃあ、ジタンの所に行こう。まだ出し物やってるから!」
「ああ。…ジタン、その前に」
スコールの手を取って広場へ向かおうとするジタンを、近くの屋台まで連れて行く。
そこはかき氷を売っている屋台。ジタンの舌を冷やせればという、スコールなりのお返しだった。
自分でお金を出そうとするジタンを押しとどめ、スコールが持ち金から支払いをする。
緑色のシロップはスコールのチョイスだろう。それを受け取ったジタンは嬉しそうに笑い、スコールと広場へと向かって行った。



広場では何やら盛り上がりを見せている様で、口笛と歓声が上がっている。
ジタンはかき氷をこぼさない様に気をつけながら、スコールと手をつないで走り出した。