ちぃ旦那の悲喜こもごも


1.

小さな器を片手にジタンがテントの幕を開けると、ジタンのマントの上で丸くなっていたレオンが顔を上げた。
「メシ持って来たぞ」
「みゃあ」
手のひらサイズのライオンになったレオンの前に器を置くと、ふんふんと中の匂いを嗅ぎ出す。まるっきり猫の仕草をする様になったレオンに、ジタンは笑みを零した。


レオンの成長に必要なのは『酒』だが、もちろん生きる為の食事も必要となってくる。仲間達にあまりこの姿を見せたくないのか、レオンはテントに待機し、ジタンが食事を終えて自分の分を持って来てくれるのを待っていた。


一頻り匂いを嗅いだ所で、レオンはジタンを見上げた。自分から食事に手を付けようとはせず、何かを待っている。
「ああ、ほら」
何を要求されてるのか察したジタンが、食べやすい大きさに切った煮物をスプーンで掬い上げた。そのままレオンの口元に持って行くが、レオンは耳を下げるだけでそれに口を付けようとはしない。
「みゃ、みゃう!」
『違う』とでも言いたげに、尻尾で地面を叩きながらレオンが鳴き声を上げる。ジタンは首をかしげるが、レオンにスプーンを持つ指を掴まれた事で要求に気がついた。
「仕方ねーなー…」
そう呟くとジタンはスプーンを置き、指で直接食事を摘み上げる。それをレオンの口元に持って行くと、今度は素直に口を開けて食事を摂り始めた。


かつてジタンがこの魔法にかかった時も、レオンの手から与えられる食事を要求していた気がする。しかしスプーンでの食事も受け入れていたのだから、レオンはジタンより甘ったれなんじゃないかと思ってしまう。
指ごと食まれたり、小さな牙が翳めたり、指に付いた汁を舐めとられたり───くすぐったいことこの上ない。


器の中を空にし、ジタンの指に付いた汚れを舐めきったのを確認すると、レオンは満足気に息をついてその場に座り込んだ。
「ほら、お前の顔にまだ付いてるだろ」
レオンの口が汚れているのを見て、ジタンは小さな顎に手を添えてそれを拭いとった。人差し指がレオンの喉に当たり、細いライオンの尻尾がぴんと立つ。

(…ん?)
その反応にジタンが興味を示した。
試しにその人差し指を顎の先にスライドさせる様に動かしてみる。するとレオンは頭を僅かに上げ、何かに耐える様にぎゅっと目を瞑った。
「………」
そのまま指を動かし続けると、目を瞑ったレオンの頬がだんだんと赤く染まっていく。息でも止めてるのだろう、膝の上で小さな手を握りしめ、身体が小刻みに震え出す。

「……レオン、気持ち良いんだろ?」
「……!!!みゃ、う!!」
「ほーら、我慢すんなって」
「─────────!!!」
レオンは瞑ってた目を開け、ニヤつくジタンを睨み上げる。
ジタンはそんな可愛くない反応をするレオンに、トドメとばかりに指の腹で喉をくすぐった。

「……みゃ」
その指の動きにレオンは降参した。
がちがちになっていた身体の力が抜け、顎を反らしたままジタンの指に体重を乗せる。
そして聞こえて来た、あの音。



ごろごろごろ………。



レオンの喉が、盛大に鳴り始めた。





「別に恥ずかしがらなくていいだろ」
すっかり観念してジタンのされるがままになっているレオンにそう言うと、レオンは尻尾を上下させ僅かな反抗を示した。
自分の鳴き声を恥ずかしがり、ジタン以外には決してその声を聞かせようとはしないレオンだ。喉の音など、ジタンにも聞かせたくないくらいに恥ずかしいものなのだろう。

「俺はそういう所も全部見せてくれたら嬉しいんだけどな」
お前だってそうだろ?と言うと、レオンは眉を下げてジタンの手を尻尾でつつき出す。恐らく絡めたいのだろうが、この体勢では尻尾がそこまで届かないのだ。
「みゃう…」
静かになったレオンを両手でつかみ上げ、己の首元へ持って行き抱きしめる様な形をとる。
ふかふかの耳に頬釣りをしながら、小さくなっても格好付けな夫の扱いは難しいな、とジタンは思った。






2.

テントの中に、重なる二つの影がある。
それは一見、大人が子供を抱きかかえている様にも見えるが、している事はそんな生易しいものではない。幼子のサイズまで育ったレオンがその尻尾でジタンの腕を抑えつけ、膝の上で身を乗り出している。
「ん、ん…」
小さな口でジタンの唇を塞ぎ、口内にある酒をぴちゃぴちゃと音を立てて飲んでいた。
やがて酒が無くなっても、もっとと強請らんばかりに酒の味が残る舌を舐め続けている。息苦しさにジタンが長い尻尾でレオンの身体を軽く叩くと、漸く唇を離した。しかし唇や唇から漏れた雫を舐めとるのは忘れない。
「は、はー……もうムリ…」
顔を真っ赤にしフラついたジタンが、レオンを抱えたまま後ろに倒れ込んだ。

レオンが目を閉じたジタンの頬を舐めてみるが、反応はない。完全に寝入ってしまったようだ。


顔が赤いのはキスだけが原因ではなく、大半が酒によるものだった。
なんとか唇を合わせられるサイズにまで成長したレオンは、ジタンに口移しを要求する様になった。もともとレオンのほうが酒に強く、小さくなったとはいえ子供の身体になった訳ではなく26歳のままだ。酒を口に含んだまま口内を掻き回され、ジタン自身も結構な量の酒を嚥下してしまっている。潰れるのは当然のことだった。


そしてこうやって潰れるのも今回に限ったことではない。
それには申し訳なく思うが、どうしても口移しが良い。レオンの為に用意された猪口は未だ使われる事はない。


ジタンの腕から抜け出し、レオンは荷物袋からよいしょよいしょと毛布を取り出した。
背丈が足りない為ずるずると引き摺りながらジタンの元へと持って行く。それを掛けようと思った所で、ジタンが燕尾服を着たままな事に気付いた。
これを着たままでは寝づらいだろう。せめて前の合わせを外してやろうと、ボタンに小さな手を伸ばす。
ぷちぷちとボタンを外して前を開けると、中の白いインナーシャツが捲り上がっていた。
そこから覗く肌の中央に存在を主張する、小さな窪み。

「……」
レオンはその窪みに唇を寄せた。
赤い舌を覗かせそこに差し込んで舐めると、寝ているジタンの腹に力が入る。気にせずにちろちろと舐め続けていると、ジタンは眉を寄せて身じろぎをした。
「………ん」
鼻にかかった声が聞こえ、レオンの舌の動きが止まる。ジタンの様子を確認するが、やはり起きている様子はない。
レオンは腹の上まであがっているインナーを更にたくし上げた。そこにある胸の突起に、先程の様に口を寄せる。
「…っ、あ…」
途端にジタンの身体が跳ねたが、体重をかけて動く上半身を押さえつけた。
そのまま突起を舌でくすぐり、もう片方は指で転がす。舐めるだけでは飽き足らず吸ったりもしたが、この身体のサイズでは赤子になったかの様に見えてしまうだろう。それは極力頭から除去することにした。
「あ、んぁ…」
与えられる刺激のままジタンが反応を返してくる。艶を帯びる声にレオンは喉を鳴らした。


結婚しているとはいえ、酔いつぶれた寝込みを襲うのは褒められた事ではない。
しかし、こんな妻のしどけない姿を見て欲情しない夫がいるだろうか。


いるはずがない。そして獣化して本能が強くなっているレオンに我慢ができるはずがない。
レオンは一端ジタンから身体を離し、服を脱ごうとした。しかしジャケットに手をかけただけで、その手は止まってしまう。

「………みゃぅ…」

まさか。

レオンは青ざめた。



自身が、一向に反応を示さない。つまりは勃たないのだ。



このサイズになるまでも、ずっとジタンと同衾をしていた。キスもしていたし、刺激はそこら中にあったはずだ。それなのにそれ以上の欲求が生まれていなかった事に疑問を持つべきだったのだ。
レオンの耳と尻尾がしおしおと垂れる。このサイズでは『機能』しない。出したいのに出せないのも辛いが、こんな美味しそうな状態になっているジタンを目の前にして勃たないのも非常に辛い。


レオンは肩を落とし、持って来ていた毛布をジタンの身体にそっと掛けた。
そしてその中に潜り込むことはせず、テントの端で丸くなる。


少し乱れていたジタンの寝息が、徐々に規則正しいものに戻って行く。欲情したまま放置するような事にはならなかった様で、その点に関してだけは安心する。

そして、早く大きくなりたいと切実に願い、悶々とした気分の中眠りについた