report 3


にわかに騒がしくなったキャンプ地に、テントの中にいたスコールとジタンは入口の幕の隙間から外を覗き見た。
テントから広場までには少し距離があり、はっきりとした状況は掴めない。しかし早朝にキャンプ地を離れていた大人達の姿が見え、その中に養い親のジタンが居ることに二人は安堵の息をついた。



この日、スコールとジタンはテントの外に出る事を禁止されていた。
それは前日から両親に言われており、簡単な朝食を済ませた後から二人はテントに留まっている。子供達が退屈しない様にと新しい絵本を渡され、スコールがそれをジタンに読み聞かせたり、一緒に絵を眺めたりして過ごしていた。
いつもなら大人達の半分ほどはキャンプ地に留まっているのだが、今回は数人を残してほとんどのメンバーが戦地へ向かっている。僅かな人数ではもしもの時に子供達を探し出して護ることは難しい。その為、子供達の居場所を限定して留まらせているのだ。
それだけ危険な場所へ向かったのだろう。キャンプ地が静かであればある程、残される側の焦燥感は増す一方だった。



直ぐにでもジタンの元へと駆け寄って行きたかったが、まだテントの外へ出る事を許されてはいない。
以前、大人達に黙って勝手な行動をした所為でスコールが怪我をしてしまった事がある。二人は両親がこちらに来てくれるまで辛抱強く待っていた。

やがてテントの入口が開き、養い親のジタンが顔を覗かせてきた。
「ジタン!」
「おかえりなさい!」
元気そうな二人の姿に、ジタンは安堵の表情を浮かべる。しかしその顔は疲労の色が濃く、着ている服は所々が破れ、血が滲んでいた。

常に戦いの絶えない世界だ。今まで両親が怪我をしなかったという訳はない。これよりもずっと大きな怪我をした事もある。しかしどれも手当が済まされた後での対面で、こんな風に生々しい傷口を晒したままの状態で会うという事はなかった。

ジタン自身もこんな姿を見せるのは本意ではないのだろう。表情が固まっている二人を見て苦笑いをすると「ただいま」と短く告げた。
「スコール、ちび、薬草の使い方は覚えてるよな?…手伝ってくれ」
「「…!」」
その言葉に、呆然としてたスコールとジタンがはっと我に返る。
そして直ぐに広場へと戻ってしまったジタンを追い、靴を履いて駆け出していった。


ポーションや回復魔法は怪我の酷い者へと残しておき、まだ余裕のある者へは薬草が使われた。
子供達は揉み込んだ薬草をガーゼに乗せて、包帯を巻く役のジタンへと手渡していく。
小さなジタンは指を緑色に染めながら、大好きな人達の痛々しい姿に必死に泣くのを堪えていた。


これが、自分達の居る世界の現実。
幼いジタンは、それが理解できる様になるまで成長していた。





最後にジタンの手当てが終わり、傷の酷い者への看病はキャンプ地に留まっていた仲間へと任せ、一端テントへ戻っていった。
テント内に重苦しい空気が流れる。
手当てに奔走して聞く暇もなかったが、スコールとジタンは或る事が気になって仕方が無かった。

現在テント内に居るのは、三人だけ。

「レオンは、どこにいるの…?」
戻って来た大人達の中に、レオンの姿だけが見当たらなかった。





隠しても仕方がないと、ジタンは落ち着いた様子で淡々と話始めた。

カオスがいるという情報に、仲間達は早朝からキャンプ地を離れていた。
向かった先には情報通り、カオスの者が複数居た。単独行動を好んだり卑怯なやり方をしないセフィロスやジェクトあたりはその場には居なかったらしいが。
そこで戦闘に突入した。こちらの人数が多いとはいえ、一人でも厄介なカオスの者が複数いるのだ。更にイミテーションも加わり、戦いは過酷なものになった。
なんとかカオスの者達に浅くはない傷を負わせ撤退させる事に成功したが、残ったイミテーションが厄介だった。その数は多く、負傷した仲間を守りながら戦うには限界があるだろう。

どうこの状況を突破すべきか。
誰もがそう焦りを見せていた時、最もイミテーションに近い場所にいたレオンがエアリアルサークルを放った。
突如起きた爆発にイミテーション達は怯み、舞い上がった土煙で周囲の視界が遮断される。
その隙にジタンは仲間達に撤退を促した。ティーダはそれに難色を示したが、Wolがそれに従うように言うと悔しそうな表情でそれに従った。

腕力のある者が負傷した者を背負って走って行く。そのしんがりを勤めたジタンはイミテーションが追跡してこないか背後の気配を窺ってはいたが、最後まで後ろを振り返る事はなかった。



イミテーションの意識がレオンに集中したのか追ってくる事はなく、仲間達は無事帰路に着くことができた。しかしそれから何時間も経っているというのにレオンが戻ってくる様子はない。

それにスコールとジタンは青ざめた。つまりそれは、レオンを最前線に残したままという事になる。
「さ、探しに…」
「…駄目だ。みんな怪我してるのに、此処を離れる訳にはいかないだろ?」
「でも!」
掴み掛かってくる小さなジタンを、養い親のジタンが優しく宥める。そんな幼いジタンの後ろで顔を青くして震えているスコールも一緒に腕に収めながら、ジタンは子供達のテントに留まった。
愚図ってなかなか寝付けない子供達をあやしながら、ジタンは深夜まで眠ることはなかった。本当なら怪我をして疲れているであろうジタンを労って休ませなければならなかったのに、余裕を無くしてた二人はそんな当たり前の行為もできなかった。





翌日の早朝、自然と早く目が覚めた二人は慌ててテント内を見渡す。養い親のジタンは既に起きている様で、テントの中には居ない。
テントを飛び出したスコールとジタンは最初に見つけた仲間にレオンの事を聞いたが、芳しい返事は無かった。

ジタンは怪我人の看病やミーティング以外の時間は子供達と過ごしていた。さすがに遊び回る気も起きず薬草や食事の為の雑用を黙々と行っている二人との間に、会話は少ない。
子供達は今直ぐにでもレオンを探しに行きたかったが、まだ戦えない自分達が危険な場所に行っては面倒事を増やしてしまうだけで。
二人が何も出来ない自分達の無力さを疎んでいるのに対し、ジタンは至極冷静だった。レオンについては特に話題に出すこともなく、いつもと変わらず子供達に笑いかけている。

ジタンはレオンの事が心配ではないのか。二人は幾つもの苦難を共に乗り越えてきた唯一無二の親友ではなかったのか。

そう疑念を持ってしまうほどに、ジタンは冷静だった。





その日の夜になってもレオンは戻らず、一度は眠りについたスコールとジタンは深夜に目が覚めた。
養い親のジタンはこの日も二人のテントに居たが、二人の側を離れてテントの入口のほうに座り、風通しの為に開けた幕から外を見ている。
「ジタン…」
「…なんだ、起きちゃったのか」
スコールの声に気付き、ジタンが二人を見る。不安を全面に出した子供達においでと手招きをした。
二人は直ぐさま毛布から飛び出し、ジタンの懐へと飛び込んでいく。ジタンは小さなジタンを膝に乗せ、スコールの頭を抱き寄せて、「パパ早く帰ってこないかなー」と呟いた。
「…ジタンはレオンが心配じゃないの?」
「ん?あんまり」
そうあっけらかんと答えるジタンに、二人が目を丸くする。

「あいつが、俺の知らない所で死ぬはずないからな」

続いた言葉は意外なものだった。





「俺はあいつより先には死なないし、あいつは俺の居ない所では死なない。帰ってくるってわかってるから、心配じゃない。でも帰る場所がなくなったら迷子になっちまうだろ?だから俺はあいつが帰る場所を守んないといけないんだ」
ちび達はレオンを信じてないのか?と問われ、二人は慌てて首を振る。
「レオンは、帰ってくるよ!」
ジタンのシャツをぎゅっと握り、小さなジタンが声を張り上げた。ジタンはそんな子の頭を撫でながら、わざとらしく困ったような表情をする。
「そ。だからスコールとちびは、元気に「おかえりなさい」って言わないといけないんだ。なのにこんな寝不足でしょぼくれた顔じゃ、レオンのほうが心配しちまうだろ?」
だからお子様は早く寝ろと、寝床へと促す。
スコールとジタンはそれに素直に従い、毛布へと戻って横になる。
向かい合わせに横になった二人は、お互いの手をぎゅっと握りしめた。


レオンは帰ってくると信じている。
でも自分の目の前の大切な存在が危険な場所に置いてけぼりになってしまった時、ジタンの様に相手を信じ、冷静でいられるだろうか。



答えが見つからないまま、二人は眠りに落ちていった。







それからもう一度静かな夜が訪れた後、レオンは何事もなかったかの様に戻ってきた。

空が白み始めた早朝。テントの入口から外を見ていたジタンが最初にその人影に気がついた。
入口の幕をくぐり、裸足のまま外へと出て行く。その幕が擦れる音に、スコールとジタンが目を覚ました。

「おかえり」
「ああ」

目を擦りながら入口に移動した所で聞こえた声に、二人が顔を見合わせる。
レオンが帰ってきたと飛び出して行きそうになったが、幕の隙間から見えた二人の姿にその動きが止まった。


寄り添う姿に、いつもの「おかえりのキス」をしているのだと思ったが、そうではないらしい。
ジタンはレオンの肩口に顔を埋め、テント背中を向けているため表情は見えない。レオンはそんなジタンの身体を抱きしめ、結われていない髪に鼻先を埋めていた。

そのまま動かない二人に、今は出て行かないほうが良い気がしたのだ。
本当はレオンにお帰りなさいって言いたい。ただいまって頭を撫でてほしい。大きな腕で抱っこしてほしい。

でもそれをぐっと我慢し、レオンをジタンに譲った。
帰るべき場所にいる家族の笑顔を守り、誰よりも早く出迎えるために寝ずに待っていた、ジタンに。





「何か食う?それより寝た方が良いか」
暫く続いた抱擁をようやく解いた後、レオンの武器を受け取りながらジタンがそう尋ねる。
「食事も水浴びも睡眠も全部同時にしたいくらいだ。だが─────」
いつもと変わらぬ調子で会話をする二人が、テントへと近づいて来た。

「先に子供達の顔を見たい」



疲労を感じさせる声色で放たれたその言葉に、テントの中の小さな気配がそわそわと動き始める。
いつの間に起きていたのか───ジタンはこの幕を開けた時の事を思い、笑いがこみ上げた。
疲労困憊なレオンはその気配に気付いていない。

いつもの倍元気な「おかえりなさい」を受けた後、レオンが寝られるのはもう少しだけ後になる事だろう。