怪盗Z 9 (フリーワンライ(@freedom_1write)お題「七夕」)


養父の背丈よりも高い笹が、初夏の風に揺られてさらさらと音を立てている。

軍施設の広場を開放し、七夕の催事を催すのだと小さなジタンが聞かされたのは前日の夜の事だった。レオンとスコールは担当ではなかった為、ジタンはそのイベントの事を知らなかった。
養い親のジタンは舞台稽古がある日だが、小さなジタンはその日は休暇。ならばレオン達の休憩時間に合わせて遊びに来ないかと誘われたのだ。



会場は親子連れで賑わい、数人の軍人がその対応にあたっている。ジタン自身もまだ子供と言える年齢ではあるが、一生懸命短冊に願い事を書いている子供達はジタンの腰ほどの身長しかない。
「待たせたな」
自然と子供達をあやす側へと回っていたジタンに声をかけたのはレオンだった。
「さっき着いた所だよ。…スコールは?」
「雑務を言いつけられて、来られそうにもない」
「そっか…」
ジタンはしょんぼりと肩を落とすが、仕事なら仕方がないと気を取り直す。

どんな任務にでも一生懸命なスコールが大好きなのだから。


「折角だから何か書いていくと良い。あいつから何か頼まれたか?」
「ううん。ジタンの願い事はレオンと同じだからいいって」
「そうか」
それにレオンはくすりと笑みをこぼすと、短冊を一枚手に取り出してペンを走らせていく。



『家族四人、これからも一緒に仲良く過ごせますように』と。



「書き終わったらあの箱に入れておいてくれ。後で軍の者がまとめて飾るからな」
「わかった」
先程の短冊を箱に入れたレオンが、催事の担当にあたっていた軍人に声をかけられた。レオンの部下なのだろう。
その間にジタンも短冊に願い事を書き上げる。
「うーん…」
書き終えた短冊を見て、ジタンは失敗したとペンで頬を掻いた。



『スコールのお嫁さんになれますように』



ついそんな事を書いてしまった事に後悔しながら、ジタンは新しい短冊を貰い、願い事を書き直した。


『玉子焼きと演技が上手になりますように』と。





短冊を笹に付けるのはこの後だが、レオンの休憩時間が終わってしまったため、ジタンは広場を後にした。
帰ったらまず、最初に書いた短冊を誰にも見つからないように処分する。
そう考えながらポケットから短冊を取り出したジタンだが、その顔がさっと青くなった。その短冊には『玉子焼きと演技が上手になりますように』と書かれていたのだ。

(間違えた…!)

間違えて最初に書いた短冊を箱の中に入れてしまった。
今頃は笹に取り付けられている頃だろう。


もし、スコールの目に触れてしまったら。


スコールが広場に来るとは思えないが、万が一という事もある。
明日の七夕では、大きな笹野木の下で夕涼みのイベントがとり行われる。人出もある為、回収するのは難しいだろう。

ならばチャンスは今夜しかない。
ジタンは足早に帰路に付いた。





その日、レオンの元に一通の予告状が届いた。



『今宵、広場の笹を頂きに参ります。───怪盗Z』







「こっそり行きたかったんだけどなぁ…」
「それじゃコソドロと変わらないだろ。正々堂々、それが俺の美学なんだ」
ジタンから相談を受けた養い親のジタンは一頻り笑って養い子に怒られた後、協力する事を約束した。
笹を盗むというのは建前で、それは失敗に終わっても良い。
銀色の怪盗がレオン達の気を引きつけている隙にピンク色の怪盗が短冊を摺り替える。それが今回の目的だった。



「怪盗Z、参上!」
「う、わ…っ!」
「スコール!」

予告していた時刻ぴったりに現れた、二人の怪盗。
広場に面したテラスの上から姿を現した怪盗達と、二人の軍人が対峙する。
いつもなら銀色の怪盗とレオン、ピンク色の怪盗とスコールで小競り合いが発生するのだが、今回は銀色の怪盗がスコールをターゲットにして来たのだ。
黒いマントに視界を奪われたスコールに応戦する為に、レオンが二人の元へ走る。

その隙にピンク色の怪盗がたくさんの短冊の中から自分の短冊を探していた。
(確か、青い紙の…)
レオンとスコールに気付かれないうちにと焦りながら、ジタンはテラスから身を乗り出して青い短冊を確認していく。
(あった…!)
笹の葉にひらひらと揺れる己の短冊を見つけたジタンは、枝を引き寄せて本来付けるはずだった短冊に交換した。
そして回収した短冊を懐に入れてほっと息をついた時、マントを引っ張られる感覚を覚えた。
「わっ!」
「捕まえたぞ、怪盗Z!!」
マントを引かれテラスの手すりから落ちた小さな身体を受け止めたのは、スコールだった。
いつの間にとテラスの下を見てみると、レオンと戦っている銀色の怪盗の姿が見える。レオンに手一杯になってスコールの足止めをする事が出来なかったのだろう。

「なんだ?これは」
「あ…!」
床に落ちている青の短冊を見つけたスコールが、それを拾い上げた。
テラスに落ちた衝撃で服の中から落ちてしまったらしい。ジタンが慌ててそれを取り返そうとするが、時すでに遅く。

「───っ!」

その短冊を見たスコールの顔が、紅潮した。



「えーと…」
ジタンは固まっているスコールにどう言い訳をしようかと悩んだが、その短冊には名前を書いていない事を思い出す。
「そ、そう!俺、それを付けに来たんだよ!」

ジタンは、この短冊を怪盗Zのものだという事にした。
怪盗の正体はジタンであるし、願い事だって嘘ではない。

「俺の短冊なんて飾ってくれないと思ってさ、自分で付けにきたんだ。それ、付けても良い…?」
「──────…あ、ああ…」
呆然と返事をするスコールにピンク色の怪盗が「ありがと!」とキスをすると、スコールの身体の力が抜けてジタンを捕らえていた手が緩んだ。
その隙にジタンはテラスの手すりへと飛び乗ると短冊を取り付け、そのままひらりと地上へ舞い降りた。
「またな、俺の未来の旦那さん!」
ピンク色の怪盗がそう叫ぶと、目的を果たしたのだと察した銀色の怪盗がレオンの一撃を避けて身を翻す。怪盗が何も盗らなかったとわかったレオンは後を追う事はしなかった。





次の日の夕方。
広場は夕涼みを楽しむ街の人達で賑わっていた。ジタンとレオンの一家もその中に居る。
風に揺れる短冊をぼうっと見上げるスコールの頬に、かき氷の器が当てられた。それに驚くスコールに小さなジタンが笑う。



色とりどりの短冊の中には、名前の無い短冊がひとつある。

恥ずかしがりやの尻尾の子と大胆なピンクの子の願いを乗せた、青い短冊が。