長い一日


「いいか、俺たちが帰ってくるまではテントの側から離れたらダメだぞ」



早朝の、朝の光が山々の間から顔を覗かせ始めた頃。旅の支度を整えたレオンとジタンが二人の子供達との別れを惜しんでいた。
ジタンは膝をついて子供達の視線の高さに合わせ、不在の間の約束事を二人に伝えている。
無理もなかった。レオンとジタンが揃って一晩不在になるのはこれが初めてだったからだ。
どちらかが居ない夜は珍しくはない。野営地に残った養い親が二人分の愛情を子供達に注いでくれるので、スコールと小さなジタンは寂しさに泣く事はなかった。そして親友を信じて疑わないからこそ、安心して戦地に赴く事ができた。
しかしこの日は違う。野営地に残る仲間達を信頼していないわけではないが、不安ばかりが積もってしまう。落ち着きがなくなっているのは、養い親の二人のほうだった。
「しっかり食事は摂るんだぞ。もし危険な事が起きたらバッツを盾にして逃げるんだ」
「…ひどい」
その場に居合わせたバッツがあまりの言葉に肩を落とす。
「ええと、それから…」
「ぼ、ぼくたちは大丈夫だよ。いい子にしてるから」
「そうだよ、みんな待ってるよ!」
子供達の言葉にレオンが後ろを振り返ると、共に出撃する秩序の戦士達がこちらを見ていた。レオンは溜め息をつくと、愛しい我が子の頬へキスを落とす。
「スコール、ちびの事を頼んだぞ」
「うん!」
「ちび、ちゃんと皆の言う事を聞くんだ」
「うん。おれいいこにしてるから、はやく帰ってきてね」
レオンとジタンの双方にキスを受けた子供達は元気に両親を見送る。
そして去っていく二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。





野営地が見えなくなっても、レオンとジタンは何度も後ろを振り返っていた。
そんな二人に、リーダーであるWolが口を開く。
「本来ならばどちらかに残ってもらう所だが、今回ばかりはそれができずすまなかった」
「いや、いずれは俺たちが居ない事に慣れさせないといけないって思ってたんだ。それに、いつも気を使ってもらって感謝してる」
二人を養子として引き取ってからというもの、レオンとジタンが子供達の側に居られるよう仲間達が配慮してくれていた事をジタンは知っている。また、子供達を弟のように可愛がってくれている事も。
「二人に押し付けたのは私たちだ。子供には『親』が必要だ。皆で順番に世話をする事も考えたが、それでは『世話をしてくれる大人達』としか認識されなかっただろう」
「押し付けられただなんて思ってないぜ。俺たちの意思でちび達を引き取ったんだ」
「むしろ、あの子達の親という役割を二人占めしてしまっている事が申し訳ないくらいだ」
ジタンとレオンの言葉に、Wolは口元を緩めた。




一方、残された子供達は昼間は元気に野営地を駆け回っていたものの、日が傾くにつれ両親が去っていった方角を気にするようになっていた。
力無く尻尾を垂らす弟の手をスコールがぎゅっと握りしめる。二人、手を繋いで両親と共に暮らすテントへと向かうが、中はもちろん空で。

夕食の席についた時、二人は皿の中に果物が入っているのを見つけた。最近は果物の実る木がなかったのか、ずいぶんとご無沙汰になっていた物である。モーグリの店で手に入れたとこの日の夕飯担当が言った。
瑞々しく甘そうな桃に、すっかり静かになってしまっていた子供達の表情が明るくなる。それに大人達は内心ほっとした。
「おいしそうだね!」
「ねえ、レオンとジタンに半分あげてもいい?」
それに対し、スコールの隣に座っていたバッツが苦笑した。
「なまものだから、ちょっと無理かな…。きっと二人に食べてもらったほうが、レオンもジタンも喜ぶと思うぜ」
「……うん」
先ほどのはしゃぎっぷりが嘘のように静かになってしまったスコールとジタンは、唇を噛みながら器の中の桃を見つめる。

こればかりは自分達にはどうする事もできない。
屈強な秩序の戦士達は、困ったように顔を見合わせた。



周囲は夜の闇に包まれ、小さな焚き火の灯りが目に眩しい。
携帯食のみの簡素な食事を終え、火の前に残ったレオンとジタンは、薪の小枝を折りながら深くため息をついた。
「ちび達はそろそろ寝る時間かな」
「そうだな」
「メシ、ちゃんと食べたかな。…泣いてないといいな」
「…そうだな」
静かな夜。口に出ることといえば養い子の事ばかり。自分達こそ子供達の居ない環境に慣れないといえないのではとレオンは苦笑いする。
「ちび達に会いたいなぁ…」
「ああ、俺もだ」
明日の昼には野営地に帰ることができる。
そして出迎えてくれるであろう子供達をめいっぱい抱きしめ、頬にキスの雨を降らせよう。そう笑いながらジタンは持っていた枝を火の中に投げ入れた。




両親の匂いの残る毛布が心地良い。
レオン達が残していった毛布を引っ張り出した二人はそれにくるまり、バッツに付き添われ眠りについた。
それから何時間経った頃だろうか。スコールは朝を待たずに目を覚ましてしまった。
バッツはテントを出ているのか、中に居るのはスコールとジタンのみ。スコールが寝返りをうつと、同じく眠りが浅かったのか小さなジタンもまた目を覚ましてしまった。
「…もう朝?」
「まだだよ」
スコールがそう答えると、ジタンは眉を下げて小さな手で毛布を握りしめた。スコールはそんなジタンを安心させようと微笑む。
「すぐに朝になるよ。ジタンが眠るまで僕が見ててあげる」
「うん…」
ジタンはスコールの胸にすり寄ると、その心音と匂いにほっと息をついて手の力を抜き目を閉じた。
スコールとて両親の不在に不安や寂しさを感じないわけではない。
しかし、自分は二人にジタンを託されたのだ。
そして小さな弟はここに居ない両親に心配をかけさせまいと泣くのを必死に堪えている。スコールは腕の中の温もりが規則正しい寝息をたてるようになるまで、その金の髪を撫で続けた。




視界に二つの小さな影を見つけたレオンとジタンはそれまで身体に残っていた疲れはどこへやら、野営地に向かって走り出した。
「ジタン、帰ってきたよ!」
「!」
同じく両親の姿を見つけた子供達も、思わず飛び出していってしまいそうになる。しかしこれ以上向こうに出ていけないと言われていたギリギリの場所であったため、それをぐっと堪えて二人が来てくれるのを待った。
「おかえりなさい!」
「おかえり!」
「ああ、ただいま」
息を切らせて帰路についたレオンに小さなジタンが抱きついた。スコールは養い親のジタンに優しく頭を撫でられ、嬉しそうに笑う。
「おれ、おれね、いいこで待ってたんだよ…っ」
ジタンの言葉の語尾が苦しげなものに変わっていく。
そしてとうとう緊張の糸が切れたのか、ジタンは泣きながらレオンにしがみついてしまった。
その小さな身体を、大きく逞しい腕が抱き止める。大好きな養父に抱き上げられたジタンは、赤くなった頬をますます濡らした。
「……っ」
その様子を見ていたスコールが眉を下げ、ジタンのマントを掴む。ジタンもまた、そんなスコールを大きな腕で抱きしめた。マントで覆い、周りからは見えないようにしながら。
「飯はちゃんと食べたか?」
「うん」
「夜更かしはしなかったか?」
「ちょっとだけ…。ぼくもジタンも途中で目が覚めちゃったけど、二人でいたから大丈夫だったよ」
「そっか…。スコールがいてくれるから俺達も安心してちびを任せられた。二人とも、がんばったな」
「……うん」
スコールはゆっくりとジタンに抱きつくと、その胸に顔を押し付けた。小さく震えるその身体をジタンが抱き上げる。

後から追い付いてきた仲間達はその様子を見ていたが、四人に気付かれぬよう、すぐにその場から離れていった。




その後の昼食では小さなジタンはもちろん、スコールも両親の膝から降りる事はなかった。
子供達には甘そうで躾には厳しい養い親達。常ならば注意する所であるが、今日ばかりは何も言わずに好きにさせている。それどころか、二人の頬は緩みっぱなしで、二人もまた子供達の居ない夜を耐えていたのだと感じさせた。

器の中には桃が入っている。両親にあげたいと言っていた事を覚えていた仲間達が朝早くに買って来たものだった。それらを食べながら、昨晩の子供達がどれだけ良い子だったかを報告されると子供達は恥ずかしがり、レオンとジタンは誇らしげに二人を抱きしめた。



また、両親の事をとても恋しがっていたと。
それは子供達のいない所で、秘めやかに伝えられた。