怪盗Z 11


・いつかの出張


ジタンはレオンの下着の数え、大きな旅行バッグに入れていく。
その様子を側で見ている幼い子供がふたり。旅行バッグは子供達が収まってしまいそうな大きさだった。
これが家族旅行の準備であれば部屋には楽しげな笑い声が響くところだが、しんと静まり返っている。バッグに詰めているのはレオンの荷物だけだからだ。

明日から2週間、レオンは仕事でこの家を離れることになる。

レオンはその職業柄、国外へ行くことは少なくない。突然呼び出され、荷物の準備もほどほどに出て行ってしまうこともあるのだ。家庭を築いてからはそういったことは減ってはいたが。

明日はジタンと幼いジタンは舞台稽古の休みをとり、スコールを含め家族4人で空港に向かうことになっている。
この日、子供達は両親のベッドで眠りについた。


「おみやげ買ってきてね!」
「ああ、たくさん買ってくる」
早めに空港に向かったレオンたちは、空港のレストランで少し早めの昼食を摂っていた。
今回の出張は危険なものではなく、同盟を結んでいる他国の軍との打ち合わせや演習が目的だった。何度かその国を訪れたことのあるレオンは、子供達に珍しい外国の話をする。スコールと幼いジタンはその話を興味津々に聞き、この国にはないお菓子の話をすればお土産をねだられた。

楽しげに話を弾ませる3人を微笑ましく眺めつつ、この後に訪れる嵐を思い、ジタンは小さくため息をついた。


飛行機の出発時間が迫り、4人は保安検査の場所へと向かう。大きな飛行機を眺め、広い空港の中を楽しそうに駆け回っていた子供達は、その場所に向かうにつれ口数が減っていった。
「それじゃあ行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
ジタンはそう言い、レオンの頬に別れのキスを落とす。
「ほら、ちびたちも」
「……」
すっかり黙りこんでしまった子供達の前にレオンがしゃがみこむ。スコールと幼いジタンもいってらっしゃいのキスをしようとレオンに近づいたが、柔らかい唇が頬に触れることはなく、レオンは両側から拘束されてしまった。
子供達がレオンに抱きついたのだ。
「どうした、たくさん土産を買ってきてやるから───」
「いらない!」
「おみやげなんていらないから、いかないで…」
やがてその声はすすり泣きに変わり、レオンは最愛の息子たちを抱きしめることしかできなかった。
こう引き止められると出張など投げ出して家族の側にいてやりたくなってしまうが、そういう訳にはいかない。レオンはふたりの頭を撫でると、できるだけ早く帰ると約束をした。
「スコール、留守の間はお前が家を守るんだ」
「……うん」
「ちびも、ジタンのことを頼んだぞ」
「うん…」
涙に濡れたふたりの頬をハンカチで拭いてやると、ジタンがふたりを抱き上げる。
そしてレオンの姿が見えなくなるまでその場で見送っていた。


いよいよレオンの姿が見えなくなると、今度はジタンがしがみ付かれる側となる。父親の不在に悲しむ子供達を宥めるのはいつも大変だった。ジタンが案じていた嵐というのはこのことである。
ジタンとてレオンと長い間離れるのは寂しいわけではない。しかし子供達を泣き止ませることに忙しく、寂しがっている暇などなかった。

これが家庭を持つということなのか。

世の中の母親が強い理由を身に染みて感じ、ジタンはふたつの愛おしい体温をぎゅっと抱きしめた。





・今日の出張


レオンの出張のたびに泣いて引き止めていた子供達は成長し、大きな旅行カバンはふたつに増えた。レオンと同じ道を歩んだスコールがレオンと共に出張することになったのである。スコールにとっては長期の出張は初めてだった。
「気をつけて行ってこいよ」
「ああ、家を頼んだ」
そうキスを交わすふたりはもう見慣れた光景だ。
「スコールも、無理はしないでくれよ」
「わかった。…いってくる」
その横でなんとも初々しい見送りをしているのは、スコールと小さなジタンである。共に育ったふたりが長期間離れることは滅多になく、ジタンは元気良く見送ろうと努めるものの尻尾はずっと下がったままで。
「……」
そして笑顔で見送ることに限界を感じたのかジタンは俯いてしまい、目の前のスコールの手を取ると、黙ってその手を握りしめた。
「……っ」
そんなジタンの仕草にスコールは胸に熱くこみ上げるものを感じ、もう片方の手でジタンの肩に触れた。
このまま抱きしめてしまいたい。衝動のまま手に力を入れた時、自分達に突き刺さる視線に気がついた。

レオンとジタンがふたりを見つめていたのだ。ジタンにいたっては、にやけるのを堪えるように口の端をひくつかせながら。

さすがに両親の前で抱擁はない。スコールは肩に触れていた手で、ジタンの頭を撫でた。



「次は別々に行かないか…?」
「同じところに行くのにか?一緒に行けばいいだろう」
保安検査を通ったスコールがそう提案するが、あっさりとレオンに却下されてしまう。レオンは直前まで家族と共に過ごしたいのだろう。スコールもそうしたいのはやまやまなのだが、それでは色々と困ることもあるのだとさっき知ったのだ。



「オレ達が来る前は、どういう見送りしてたんだ?」
「んー、そうだな。人目のつかないところで抱き合ったりしてたな」
「へ、へえ…」
見送り用の展望台に向かったふたりのジタンがそんな会話をしている。
「今度は別々の見送りにしたいんだけど」
「なんでだよ、ちびにも見送ってもらわないとレオンが可哀想だろ」
「ジタン、わざとだろ!」
ジタンは養い親のにやけた顔を見逃さなかった。
スコールとジタンもまた、かつての両親のように別れを惜しみたかった。ふたりはもう子供ではないのだ。
しかしこの意地悪な親は、家族の前で我慢する息子達を面白そうに眺めていて。
「悪い悪い、帰ってきたときは上手くレオンを連れ出してやるからさ」
けらけらと笑う養い親をジタンは恨みがましく見上げる。
そして空には、ふたりのジタンの愛おしい者を乗せた飛行機が飛び立っていった。