宝石と香水

「レナ、ちょっと匿ってくれよ」
そう縮こまりながらレナの部屋を訪れたのは、実姉のファリスだった。



バッツが旅の途中に城を訪れた事もあり、かつて共に旅をしていたファリスとクルルも呼び寄せられ再会を喜んだ。顔を見せただけですぐに立ち去ろうとするバッツを引き止め、暫くの間は城に滞在する事となり、ファリスとクルルも同じくタイクーン城へと留まっている。

「クルルがレディとはどうのこうのうっさくてさぁ」
「あら、姉さんが逃げ出すなんて珍しいわね」
「クルルには敵わねえよ」

クルルはバル城の幼き女王として教養を重ね、時折本来の無邪気な一面を見せつつも立派な淑女へと成長している。
対して、海賊へ戻ったファリスは相変わらずだった。下着姿でうろついてクルルの怒りを買ったらしい。
「姉さんは素材は良いんだから…。バッツだって姉さんの事を『綺麗だ』って言っていたくらいよ」
「はあ?そんなの初耳だぜ!?」



それはまだファリスが自身を男だと偽っていた頃の出来事。
当の本人は寝ていたため、そんな事があったなど知る由もないが。



「だってアイツ、ぜんっぜんなびかねーのに」
「もう!姉さんはやり方が間違ってるのよ」

ファリスは旅をしていた頃から幾度となくバッツへとアプローチをしていたが、それはとても女性が意中の男性へするような内容ではなかった。
賭けトランプで自分との関係を賭けたり、酒で酔い潰して寝込みを襲ったり。

どれも失敗で終わってはいるが。


「だ、か、ら!」
レナはファリスの背中を押すと、部屋にある化粧台の前へと連れてきた。途端に逃げ出そうとするファリスの肩を押さえて化粧台の前の椅子へと無理矢理座らせる。そして鏡の中の自分と向き合わせた。
「ちょっとだけ、ね?お化粧とドレスは許してあげるから」
「──わかったよ…」
ファリスは諦め、レナの好きなようにさせる事にした。
厳つい海賊達を束ねる頭が、クルルとレナという華奢な少女達には頭が上がらない。



レナがファリスの髪にブラシを入れている間、ファリスは化粧台の上を眺めていた。
数々の化粧品には興味が湧かず、その横にある宝石箱へと手を伸ばす。
「アクセサリーには興味があるの?」
「もともと俺は宝石は好きだぜ?」
それが女としてなのか海賊としてなのかは分からないが、レナは姉との好みの共通点が嬉しく、一つ一つ説明をしていく。大きな宝石に目を輝かせるあたり、やはり賊としての興味なのかと苦笑しつつ。

ファリスが次に興味を示したのは、小さな小瓶だった。
小さいながらもデザイン性に優れ、カットを施された瓶の蓋はガラスでありながら宝石のような輝きを発している。
「それは香水よ」
一つ一つ蓋を開け、香りを試させてみる。
女性が好む特有の甘ったるい香りに眉を寄せていたが、一つだけ青みのある色の香水は気に入ったようで。
「これは良い匂いだ」
「じゃあそれ、姉さんにあげるわ」
ブラシを終えたレナがファリスにその小瓶を握らせる。ファリスは遠慮したが、いいからと香水の付け方を教えた。
「ほら、姉さんの髪さらさらになったでしょ?バッツはそれに気付かないと思うけど、香りには気付くんじゃないかしら」
ファリスはそれにぴくりと反応すると、迷いながらもその香水を身体に付けてみる。

そして「もういいだろ」と化粧台から逃げるように立ち上がると、ドアの外を探しているクルルに警戒して部屋の窓から出ようと窓枠に足をかけた。
「バッツだったら外のボコの所に居ると思うわ」
「じゃあ、この匂いをアイツに付けてやる」
そう言いながら窓の外に飛び出したファリスにレナは呆れながらも、香水の使い方としては間違ってはいないとブラシを置く。



そして城の中を探しまわっているであろうクルルを探しに部屋を出た。

姉が香水に興味を持ったという成果を報告する為に。