シアトリズム
・小さいスコール
ジタンが他者を見下ろすことができるのは秩序の面々の中でもオニオンナイトくらいのもので、こうして視線を下げて見つめ続けることができる相手がいるのは珍しい。
視線を向ける先が、いささか下すぎてはいるが。
「スコールだよな……」
名を呼ばれた『スコール』がジタンを見上げる。そしてジタンの足元に歩み寄り、茶色のブーツに抱きつくように身を寄せてきた。このまま足を動かすと蹴り飛ばしてしまいそうで、ジタンはその場に固まってしまう。表情筋の乏しさにスコールらしさを感じつつ、見上げてくる澄んだ青色の瞳にひどく庇護欲を掻き立てられた。
ジタンは跳ね上がる胸の鼓動に手を当てながら首を振ると、足元に向けて語りかける。
「なあ、こんなことしてる場合じゃないからさ、手、離してくんねえ?」
「?」
言われたことを理解しているのかしていないのか、スコールがきょとんとした表情に変わる。それにジタンは軽い眩暈を覚えた。
旅の道すがらこの小さいものを拾ったのは先程のことだ。
バッツ、スコール、ジタンそれぞれに似た小さな三人組に出会ったときは面食らったものだが、姿かたちが似ているイミテーションとは違い害はないものと判断し、他にも仲間に似た者がいるのかどうか確認のために現在は別行動をしている。何故か『ジタン』はスコールに、『スコール』はジタンに懐いてしまった為に、ジタンはスコールを連れて歩いていた。
「……っと、あんまり悠長なこと言ってられないな」
背後に感じる気配にジタンの尻尾の毛がふわりと逆立つ。イミテーションが現れたのだ。
ジタンは双剣を手にし、静かに構える。ブーツにくっついているスコールを離している余裕はなさそうで、振り落としてしまうかもしれないなと申し訳なく思いながら一歩足を踏み出した、その時だ。
振り落とされるよりも前に、スコールが小さなガンブレードを手にイミテーションの前へと飛び出して行ってしまった。
「スコール……っ」
イミテーションに吸い込まれるように向かっていく小さな体に血の気が引く。ジタンは持っていた剣を放り捨て、慌てて手を伸ばした。しかしスコールを捕まえることは叶わず、指先が空を切る。
だめかと思った瞬間、金属を打ち付ける音がその場に鳴り響いた。その連撃には見覚えがある。スコールがここぞという時に繰り出す技『エンド・オブ・ハート』だ。
ジタンが唖然としていると、イミテーションの体はぐらりと傾き、そのまま地面に打ち付けられ動かなくなった。
「ええ……」
一瞬の出来事にジタンは差し伸べた手をそのまま動かすこともできず、地に落ちたイミテーションの上にスコールが着地するのを見送った。ふんと息をついたスコールは『大きいほう』と同じようにむすりとした顔をしているが、どことなく得意気だ。
「すごいな、この大きさで……」
ジタンはスコールの前に膝を付くと、小さな体に手を差し伸べた。スコールは大人しくその手に抱かれ、ジタンの目線の高さにまで持ち上げられる。
「……! ……、」
「え、怪我してるって? ……って、なんだ。会話できるじゃん」
慌てた様子のスコールが短い手を懸命に伸ばしているのはジタンの頬だ。小さな手のひらがそこに触れると、針先を刺した程度のちくりとした痛みを感じる。イミテーションが地面に叩きつけられた際に小石でも飛んできたのだろう。先程の勢いはどこへやら、しゅんと元気のなくなったスコールに、ジタンは堪らず頬擦りをする。
そのすぐ近くを小さな尻尾が駆け抜けていった。
・小さい(小さい)ジタン
「はぁ……」
足元の茂みを足で掻き分けながら、スコールは溜め息をついた。
奇妙な生物を拾ったのは先程のこと。気持ち悪いほどに自分達に似たその小さな生き物にスコールは警戒をしたが、バッツとジタンは物珍しそうにその生物を拾ってしまった。
「他に居ないか確認しようぜ」
自身に似たそれを肩に乗せながらバッツがそう提案をする。面倒ごとに巻き込まれたくないスコールはこの場から離れたくなり踵を返すが、脛に何かが絡みついたような感触に足の動きを止めた。
「……っ」
足元を見下ろすと、そこには小さなジタンらしき生き物がスコールの脛にしがみ付いていた。その『ジタン』は小さな手足、そして尻尾を器用に動かし、スコールの長い足を登っていく。
やがて胸元にまで這い上がってきたジタンに、スコールは抱きかかえることを余儀なくされた。己を支えてきたスコールの腕に腰を下ろし、ジタンは満更でもないような顔をしている。
「懐かれたな。あっちの『スコール』はジタンのほうに寄って行ったみたいだし、分かれてこの辺りを見てまわろうぜ」
そう言いながら小さいモノを連れて二人は去って行ってしまい、スコールは仕方なく近くにある草木が密集した場所を漁り始めた。足で掻き分けているのはやる気のなさからくる行動ではなく、ジタンを抱えている所為で手が塞がっているためである。
そんなスコールの心境をよそにジタンはスコール腕に小さな尻尾を巻きつけると、そのまま逆さに釣られるように体を宙吊りにして遊び始めていた。
「おい……、……?」
スコールは小さな体が落ちぬよう、尻尾を巻かれている方とは逆の手を添えようとした。
その時、誰かに名を叫ばれた気がして意識がそちらに向いてしまう。それはほんの一瞬のことであったが、その僅かな間に腕にぶら下がっていたジタンの姿がこつぜんと消えてしまったのである。
落としてしまったのかとスコールは足元を探すが、茂みの中に金色の尻尾が見える気配はない。
何処へ行ってしまったというのか。これでは他の生き物の確認をしている場合ではない。スコールは屈めていた身を一旦起こす。その途端に顔に影がかかり、視界を塞がれてしまった。何かが顔に飛び付き、着地の反動で細く柔らかな毛並みが顎から首にかけてぺちりと叩き付けられる。何が顔面に飛びかかってきたのは確認するまでもない。それは小さなジタンだった。
「…………」
顔を塞がれ、声を出すこともできない。ジタンの方はといえば、機嫌が良いのかゴロゴロと喉を鳴らしている音と振動が伝わってくる。揺れる尻尾の毛が喉を掠め、むず痒い。スコールはゆっくりとジタンの体を掴むと、ジタンは素直にスコールの顔から手を離し、その手の中に収まった。
「……!」
そして再び尻尾を腕に巻きつけながら、手に持っている物を「みて」とスコールに掲げてくる。
「それは……ポーションか。どこからそんな物を持ってきたんだ」
「……、……」
「イミテーションが出たのか?」
イミテーションと聞いて体に緊張が走るが、ジタンの様子を見るに既に撃退されているようだった。ポーションはそのどさくさに紛れてくすねてきた物らしい。しきりにポーションを掲げては「みて」と繰り返すジタンにスコールは考え込んでしまう。小さな生き物が何かを主張しているのは分かるが、あいにくスコールは己の察しの良さには自信がない。
ジタンが持っている物は、彼にとっての戦利品のようなものだろう。
スコールはジタンの柔らかな髪を撫でると、「よくやったな」と声をかけた。
それに対しジタンは嬉しそうに目を輝かせ、尻尾をぴんと立てる。素直な感情表現はジタン本人を上回るようで、スコールはすっかり毒気を抜かれてしまう。
ぷっくりとした頬を撫でれば、猫のように指に顔を擦り付けてくる。そして持っていたポーションを得意げにスコールへと差し出してきた。
どうやら、プレゼントのつもりらしい。
・小さいバッツ
スコールとジタンが小さな生き物と親交を深めた後、最初に小さい三人を見つけた場所へと戻った。バッツは二人よりも早く見回りを終えたのか、すでにその場で寛いでいる。
「戻ってきたな。この小さいの、他はいないんだって」
「そうなのか?」
「ああ、こいつに直接聞いた」
バッツの肩の上で『バッツ』が自慢気に胸を張っている。『スコール』と『ジタン』も意思の疎通ができたのだ。彼も例外ではなかったのだろう。
「そっちはどうだった?」
「ああ、こっちは……」
スコールとジタンがそれぞれの体験したことを共有する。それにバッツは相槌を打ちながら面白そうに己の顎を撫でた。
「小さくても強くて、貴重なアイテムも、かぁ。その二人をイミテーションに投げつけたら効率いいんじゃないか?」
「「そんなことさせるかっ」」
「同時に言わなくても……。絆されてるなぁ」
スコールとジタンが、バッツから守るように小さな生き物を抱きしめる。腕の中の二人は状況を理解していない様だったが、己が懐いてる相手に抱かれてどこか嬉しそうだ。
「そういえば、『おれ』は何ができるんだ?」
二人とは違い、早々に情報を聞き出してこの場に止まっていたバッツである。トラブルに巻き込まれることもなく、『バッツ』は肩の上で大人しくしていただけだった。
この場にいる者の興味が肩の上にいる小さなバッツに注がれる。それを敏感に感じ取ったのか、『バッツ』は小さな剣を取り出し、その場でジャンプした。
「……!」
そして気合いの入った表情の彼の頭上に、三つの星が輝く。
「おお」
ジタンが感心したように声を漏らすと、『バッツ』は気を良くしたのか、どこか気合いを入れる仕草をすると、再び頭上に星を出現させた。
「今の何をしたんだ?」
「うーん……」
ジタンの質問にバッツは困ったように首を傾げた。
「最初に『ジョブマスター』した自分を『ものまね』して、また『ジョブマスター』したみたいだな」
「……それ、そういう技だっけ?」
普段、バッツの戦う姿をよく見ているジタンである。その疑問はもっともで、バッツは肩の上で満足気にしている『バッツ』の頬を、指先で軽くつっついた。
「こっちの『おれ』は不器用なんだな」
つついてくる指を掴み、戯れ始めた小さな自分にバッツは苦笑する。
こうして三人と三人の旅は、しばらくの間続いたのである。
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